時のかけら
昼間、哲哉さんの家の前にいた女の人だ。
何も言葉を返すことができなくて固まったままのあたしに、その女の人はさらに言葉を続ける。
「あ、哲哉の妹? けど、哲哉一人っ子って言ってたし」
綺麗にメイクされた顔。
何度マスカラを重ね塗りしたんだろうと思うほどの睫毛。
ベージュ系のルージュで彩られた潤いと艶のある口元。
眉毛は鉛筆で線でも書いたかのように、ほ……細い。
「何ジロジロ見てんのよ? あなた、哲哉の……何?」
あまりにも凝視していたためか、威嚇するように鋭く問い詰められる。
あたしを見る目が怖くて、思わず逸らしたくなる。
「あ、あたしは……」
本当のことなんて言えない。
それに何だか言わないほうがいいような気がして、咄嗟に口からは嘘が出ていた。
「哲哉さんの親戚です」
多分、これが一番無難な回答。
哲哉さんの家の鍵を開けようとしていて違和感のない関係。
“恋人”って言うほうが自然だったかもしれない。
だけど……
そんなことを言ったら、今にも掴み掛かってきそうな勢いを感じる女の人に、そんな嘘はつけなかった。