時のかけら
そんな顔?
あたしは一体どんな表情をしているの?
「はい、いいから今日は持っていって」
「あ……りがとうございます」
強引に押し切られ、あたしは鰺の代金を渡すことなく魚屋のおじちゃんに軽く礼をした。
そして笑顔を向けようとしたところで、ようやく顔の筋肉がひきつっているのが分かった。
哲哉さんの元カノに笑うことができないんだ。
何でなんだろう。
なんてね、本当は薄々気付いている。
出会ってからまだ一週間も経っていないというのに、あたしの中で哲哉さんの存在が大きなものになっているんだ。
特別な人なんだ……。
あっという間にあたしの心に入り込んだ人。
だからあたしの知らない哲哉さんの過去に、少し寂しくなってしまった。
過去なのに……。
二人で過ごす時間があまりにも幸せ過ぎて忘れていた。
哲哉さんにだって哲哉さんの生活があって人生がある。
あたしと哲哉さんの生活がいつまでも続くわけにはいかないんだ。
何だか急に現実を突き付けられた気がして、胸が苦しくなって手で押さえた。
ズキズキするこの胸の痛みは一体何だろう。
呼吸することさえままならず、歩いていた足を止めて俯いた。