夜と紅と蒼と……
どのくらいそうしてただろう――
「すみませんでした」
紅葉は蒼太の腕の力がゆるむのを感じた。
紅葉の体に回していた腕をほどき、蒼太は紅葉の隣へ移動すると、並んで腰かける。
「いつも突然だ」
「すみません」
「自分だって謝ってばっかじゃないか」
「本当ですね」
そう答えて、蒼太は笑った。いつもの笑顔に紅葉はほっとする。
「蒼太」
「はい」
「痛かった ?――ここ 」
紅葉は人指し指で、蒼太の胸をトン と 突いた。
蒼太はつられるように、白い指先で突かれた胸の中心に視線を落とす。
触れているのは、ほんの指先なのに、そこだけとても熱く感じる。
「正直言うと、あまり覚えてないんです」
熱を産み出す、その白い指先を見つめたまま、蒼太はポツリと呟いた。
「思い出すのは、熱い日差しと緑の泣き声ばかりで」
倒れていた母の顔が思い出せない――
「大好きだったはずなのに、彼女の声も、表情も、仕草も、何ひとつ思い出せないんです」
おもいつめたような横顔。
初めて見る蒼太の表情。
「助けられなかった上に、僕はとんだ親不孝者だ」
しぼりだされるように吐きだされる言葉。
全てが、紅葉の胸を苦しくさせる――
「蒼太。蒼太は何も悪くない」
精一杯、言葉を探す。
どうしたら、その闇から救えるというのだろう……