夜と紅と蒼と……

 声を押し殺し両手で顔を覆ってると
「くれ……は?」
 細い、細い、声が聴こえた。
 紅葉はハッとして顔をあげる。
 薬で眠っていたはずの母が、うっすらと目を開け、こちらを見ている。
「やっぱり……紅葉なのね」
 苦しい筈なのに、顔一杯に微笑をたたえる母に紅葉は駆け寄った。
「お母さん!!」
「嬉しい……な。来てくれたのね」
「お母さん、しゃべらないで、つらいでしょ?」
 制するように、母の手を握り、紅葉はベッドの横にあるイスに座った。
「ふふ。平気よ。嬉しくてそんなのどっかいっちゃった」
 空いてる手で呼吸器をはずし、母は笑う。
「駄目だよ。ちゃんとしなきゃ」
 そう言いながら、紅葉は呼吸器をつけなおす。
「ごめん。ずっと帰らなくて。しばらくこっちにいるから。だから今日はゆっくり眠って」
 懇願する紅葉に、頷いてみせ、また母は目を閉じた。
 薬は効いているのだ。一時的に意識が戻っただけらしい。
 再び眠りについた母をしばらく見守って、寝息を確認して、紅葉は病室を出た。
 廊下の向こうのベンチでアキラが待っているのが見える。
「律ちゃんは?」
「仕事に戻った。どうだった?」
「うん。お母さんちょっと起きてくれた」
「そか。良かったな」
 落ち着いた様子の紅葉に、アキラもホッとしたような表情になる。
「じゃ、家帰るか?」
「うん。ありがとアキラ。一緒に来てくれて」
 紅葉が言うと、アキラは嬉しそうな表情でニッと笑う。


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