夜と紅と蒼と……

 病室から出て、待合室へ二人でむかう。
 病室の並びにある待合室は、入院患者と、その家族しか使用しない。夕食前ということもあり、待合室に人影は見当たらなかった。
 待合室の自動販売機で缶コーヒーを二本買うと、父は一本を紅葉に渡し、壁際の長いすに腰掛けた。紅葉も並んで座る。
「なんだか綺麗になったなあ……」
 コーヒーを飲み、隣に座る紅葉に父は笑いかけた。
「そんなことないよ」
 少し照れくさくて、うつむく。
「元気だったか?」
「うん」
 話したいことは沢山あるのに、何から話せばいいか分からない。
「どうして事故に?」
「温泉の帰りでな」
 父は苦笑気味に顔をゆがめて答えた。
「ひとりで頑張ると決めたお前を邪魔しないようにと、母さん連絡するのも我慢してたんだ。だけど最近はなんだか特にさみしそうでなあ。気晴らしにと思って二人で泊りがけでいったんだが……」
 そこで軽く息をついて父は続けた
「うっかり居眠りしてしまったんだ。久しぶりの旅行だったからな。疲れていたのかもしれん。気がついたら対向車線に出ててな」
「そう……」
「元気づけるつもりが、大変なめに合わせてしまった。母さんには悪いことした」
 父はそう言ってうなだれる。
 昔から、母のことをとても大事にしていた父だけに、その心中はおだやかではないだろう。
「お母さんうれしかったと思うよ。元気出して。二人とも助かったんだし」
 紅葉は思いつく限りの言葉で父を励まそうとした。
「ありがとう。紅葉。お前の顔見たら母さんももっと喜ぶだろ」
 紅葉の言葉に顔をあげ、父は、はにかんだように笑った。
 その顔を見て紅葉もホッとする。

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