夜と紅と蒼と……

「僕から、かけるとなんだか邪魔してしまいそうで」
「はぁ?」
「いま、紅葉さん大変だろうし、落ち着いたら電話してもらえるよう伝えてもらえますか」
「――? まぁいっけど」
 よくわからないといった顔のまま、アキラは蒼太からメモを受取り、ジーンズのポケットにねじこんだ。
 蒼太が作ってくれた、ツマミの野菜炒めに箸を伸ばしながら、じっと、目の前でグラスを空ける蒼太を見つめる。
「お前さぁ」
「はい?」
 更に、グラスにビールを注ぎ、口をつけようとする蒼太にアキラが言った。
「ぶっちゃけ、紅葉に手ぇだした?」
「―― っっ!!」
 アキラの問いに、蒼太は思わずむせこんだ。
 すでに六杯目のビールを顔色ひとつ変えず飲んでいた蒼太の顔が、みるみる赤くなる。
「そんなことっ……」
 真っ赤になって否定する蒼太を見て、アキラはゲラゲラ笑う。
「なんだ。まだかよ!! 意外と奥手なんだな!!」
 奥手、という言葉に蒼太はがくりとうなだれる。
「そういう訳でもないんですが……」
 実際、女性経験がないわけではない。付き合っていた彼女に求められ、応じたことはある。
「じゃ、なんだ? 紅葉には色気がないとでも? それとも怖じけづいたか」
 アキラは完全に出来上がってる。目が据わっている。
「違うんです。僕だって男ですから。そうしたい気持ちは勿論ないわけじゃなくて……」
 なんでこんなことを言ってるのか自分でも不思議に思いながらも口が勝手に動く。
 どうやら今ので、酔いがまわってしまったようだ。
「ただ……そう簡単に、そんなことして、紅葉さんを傷つけてしまうのが怖かったんです」
「はぁ? だってお互い好きなんだろ?」
 アキラがキョトンとした顔になる。
 蒼太はそんなアキラに言った。
「僕が紅葉さんの気持ちを聞いたのは、彼女が行ってしまった日の前日です」



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