夜と紅と蒼と……
一方、紅葉は――
朝から五月蠅いほどのせみの鳴き声で目をさます。
見慣れた自分の部屋。
見慣れた天井。
「ん……」
軽く伸びをしながら紅葉は身体を起こした。
味噌汁のいい匂いにつられるように、部屋をでて階段をおりる。
台所へ入ると、母が朝食の準備をしていた。
「おはよ。~ってお母さんまだ無理しないでよ」
「おはよう紅葉。だって寝てばっかりじゃ退屈なのよ」
振り返り、そう言いながら母が笑った。
母は先週退院した。
母が退院してからも紅葉が家事のいっさいをやっていたのだが、二,三日前から母は台所にたつようになっていた。
一ヶ月以上の入院生活と、家に帰ってからも安静にするようにしていたので、退屈している気持ちも分からないではない。
「紅葉のごはんもおいしいんだけどね。朝ぐらいはお母さんに作らせて?」
母が退院するまでの間、みっちり家事をしていたおかげで料理の腕も随分あがった。
退院してすぐ、紅葉の料理を口にした母は、驚いた後とても喜んでくれた。
『これでいつでもお嫁さんにいけるわね』
そう言って嬉しそうな母の顔を見て紅葉もとても嬉しかったものだ。
「お父さんは?」
「庭で草取りしてる」
父はもう腕のギブスもはずれ、ある程度日常生活に支障ないほどに回復していた。