夜と紅と蒼と……
「紅葉? どうかした?」
ぼんやりとしていた紅葉は、母の声に我にかえる。
「ううん。なんでもない。おいしいね、焼き魚」
平常を装い、答えると目の前の食事に集中する。
母は少し首をかたむけたものの、それ以上は何も言わず、いつものようになごやかな朝食を三人でとった。
食事を終えると、父は近くの図書館へと出掛けた。
父は元々本が好きで、以前もよく図書館へ出掛けてはいたが、母の話によると、退職してからは、ほぼ毎日の様に通っていたらしい。
――そういえば。
出掛けていく、父の背中を見ながら、紅葉は思った。
『蒼太とお父さん、似てる』
物静かなところや、優しい口調、穏やかな笑顔。蒼太も本が好きだった。
『そうか……』
初対面の時ですら、全く警戒心がわかなかったのも。
一緒にいると何故か落ち着くのも。
蒼太と父が持つ雰囲気がよく似ていたからなのだ。
紅葉は、今まで自分でもわからないでいた気持ちの理由がわかったような気がした。
「紅葉?」
母の声にハッとする。
母は、片付けものを済ませて、カップにいれたてのコーヒーを両手に持ち、紅葉を首を傾けて見ながら、小さく笑った。
「なんだか最近元気ないわね」
カップをひとつ紅葉に差出し、テーブルをはさんで向かい合うようにイスに腰掛ける。
「そっかな?」
「うん、なんかぼーっとしてること増えたわよ」
母はそう言ってじっと、紅葉の顔を覗き込んだ。