夜と紅と蒼と……
『昔書いた話の下書きか何かかな?』
蒼太は、今は執筆業をしている。
本を読むのが好きなのは知っていたが、まさか書いているとは……一緒に住むようになってしばらくたつまで紅葉は知らなかった。
工場から帰って、時々深夜にパソコンを弾いてる時があったから、そんな時に書いていたのだろう。
ある日突然、蒼太が一冊の本を紅葉にくれた。
「実は、僕が書いたんです」
照れくさそうに、手渡しながら紅葉に読んで欲しいと差し出したその本は詩集で。
ひそかに応募したものが何かの賞で入選したとかで、本を出してもらえたらしい。
『夜行雲』と表紙に書かれたその詩集を読んだ紅葉は、読んでるうちに赤面した。
そこに綴られた、時に優しく、時に激しく……時に胸を締め付ける幾つもの言葉達が、全て自分に向け、書かれたものだと気がついたのだ。
読み終える頃には号泣していたのを思い出す。
蒼太には恥ずかしいからそんな素振りは見せないけれど、今でもしょっちゅうこっそりと読み返してる。
特にあのウタは紅葉のお気に入りだ。
その詩集にとどまらず、工場に勤めながら他にもいろいろ書いていた蒼太はやがて一冊の童話を完成させた。
蒼太らしい、自然を舞台にした優しい語りくちの童話に熊蔵が絵をつけたその話が、ある出版社の目に止まり売り出されると、予想外にその本は反響を呼び、それをきっかけにあちこちから声がかかるようになった。
そして今は、工場をやめそれ一本に仕事を絞っている。
ずっとひそかに抱いていたという夢。それがかなった今でも、やはり昔書いたものは懐かしいに違いない。