夜と紅と蒼と……
機嫌の治った紅葉が横で見守る中、蒼太は手際良く切った具材を調理していく。
ものの二十分もしないうちに夕食は出来上がった。
「うまそ……」
テーブルに並べられた夕食を見て紅葉が喉を鳴らす。
白身魚のムニエルにほうれん草のバターソテー。海藻サラダにかかったドレッシングも手製だ。そして白いご飯に、きのこの味噌汁。
「いただきまーす」
久しぶりのまともな食事に紅葉は、上機嫌だった。勢いよく食べる紅葉に蒼太がたずねる。
「どうです?」
「うん、旨い……おかわり!」
あっという間に一杯目をたいらげた紅葉は茶碗を差し出した。
「結構……食べるんですね」
華奢な体に似合わず、豪快に食事を平らげる紅葉にちょっと驚きながら、蒼太はおかわりを差し出す。
「ありがと」
茶碗を受け取り再び食べながら向かいに座ってる蒼太を見ると、にこにこして紅葉を見ている。
「何?」
「いや、そんなに美味しそうに食べてもらえると作り甲斐あるなぁと思って」
「ふぅん?」
答えながら、そういえば誰かと食事するのも久しぶりだな、と紅葉は思った。
食事をする蒼太の顔を紅葉は観察してみる。
真っ黒で真っ直ぐなさらさらした髪は耳に少しかかる程度で、同じく真っ黒な瞳がある整った顔立ちに合っている。
「結構男前だよね」
「はい?」
「うんにゃ。ただの褒め殺し返し」
「なんですか、それ」
「いや、今日はそうとう褒め殺されたからね」
「殺されそうになったんですか?」
「うーん。なかなかあぶなかったよ」
「紅葉さん」
そう言いながら蒼太はおもむろに、紅葉の頬に手を伸ばす。
「ごはんつぶ。ついてるし」
「む……」
不意打ちをくらって、紅葉は喉を詰まらせそうになった。
「子供みたいだ」
「うーん。生意気な」
他愛のないやりとり。だが、それがやけに楽しくて心地よい。
自然と勧む箸に、テーブルに並んだ料理たちは、見事になくなった。