夜と紅と蒼と……
そう、笑ったつもりだったのだ。
なのに。
「紅葉さん?」
何故か驚いた顔して、蒼太が目を見開いている。
「あれ……?」
蒼太の表情を見て、ふと、自分の頬を伝う何かに気付いて紅葉はとまどった。
『変だ。なんだこれ……?』
「どうしたんです?」
心配気に蒼太が見つめている。
「なんだ?どうしたんだろあたし。楽しかったな~って思っただけなのに……」
――涙
『どうしたんだ。あたしは』
紅葉自身、不思議でならなかった。楽しかったことを思って涙がでるなんてどうかしてる。
そう簡単に泣く様なタイプではなかったはずだ。どうかしてる。
混乱して茫然としていると
「――!?」
不意に涙とは違う感触を、紅葉は頬に感じた。
柔らかな、暖かい感触。
「蒼……太?」
一瞬触れたそれが離れると同時にさらりとした髪が頬を掠め、紅葉が顔を上げると。
すぐ目の前に真っ黒な瞳があった。
「すみません……でも、急にキスしたくなってしまって……」
今、紅葉の頬に触れた唇から、謝罪の言葉がこぼれる。
「思い立ったらすぐ……ってか?」
「はい……嫌でした?」
悪びれた様子もなく、にっこり笑う蒼太に紅葉は呆気にとられる。