夜と紅と蒼と……
「嫌も何も……意味がわからん!!」
「あ、涙止まりましたよ紅葉さん」
あまりに突然で把握できなかった事態を把握した瞬間に、紅葉は一気に血液が頭に上るのを感じながら叫んだ。叫んだとはいっても、あまりの動揺に声は裏返り、途中でつっか
えてしまった。
相手の意図を量ろうと眉根を寄せてその顔を見あげるも、すっかり真っ赤に染まっているであろう紅葉の頬に残っていた涙を指で掬いとる蒼太は、いたって平然としている様に見える。
冷静に涙が止まったと指摘してきたその声音の穏やかさに虚勢をそがれ、紅葉は肩を落とした。
「いや……だから今の何?」
調子が狂う。
そもそも、蒼太と出会ってからというものペースは狂わされっぱなし。
気が付けば自分でもわけのわからないことばかりなのに、蒼太はさらに訳がわからない。
「……どうやら、一目惚れだったようなんです」
「は……?」
「紅葉さんのこと」
じっと蒼太に見つめられ、紅葉は硬直した。
「へ……? 一目惚れ……あたしに? え? 蒼太が?」
一旦言われた言葉を整理する為に反芻した。そして硬直を振り払うように頭を振って態勢を整える。
「ちょ……待て待て待て!!」
紅葉は勢いよく蒼太の目の前に人差し指をつきつけ、詰め寄った。
「あり得ない!! あたしの方がかなり年上だぞ」
「気になりませんね。だって全然年上らしくないし」
「ぐ……っ、失礼だなっ」
「若く見えるって女の人喜ぶんじゃないんですか?」
「そりゃ……そう言われたら嬉しいけどさ……いや、でもその前に!! あたし、こんなナリなんだぞ?」
「人の好みは千差万別っていうでしょ?」
「いや、でも……」
めいっぱいの反撃。だがそれも、更に続きを言いかけた唇を蒼太に指でそっと押さえられてあっけなく遮られる。
「最初っから綺麗だって言ってるじゃないですか?」
紅葉を黙らせた張本人はそう言って穏やかに微笑んだ。
「紅葉さんが自分のこと気にする気持ちもわかりますけど、僕は嘘は言いませんよ?」
「それは、そうだと思うけど……っ……だとしたら、蒼太は相当の変わり者だ」
「よく、言われます」
そう言ってじっとこちらを見つめている黒い瞳は、とても澄んでいて、嘘の欠片さえ見当たらない。