心を全部奪って
工藤課長の腕を掴んでいた俺の手を、ヤツがそっと離す。


ヤツは俺の顔を一瞬見ると、深いため息をついた。


「もう…、何を言っても信じてもらえないだろうと思うが…」


「……なんだよ?」


何を言うつもりなんだ?コイツ。


俺はゴクリと喉を鳴らした。


「俺は、本気でひまりと一緒になるつもりだった。

それは、本当のことだ」


「はぁ~?」


じゃあ何?


離婚届を見せたり、一緒に物件を探したりしたのは、本気だったからってこと?


そんなの言葉だけならいくらでも言えるからな。


悪いけど、絶対信じられない。


「俺と妻は表面的にはうまくいっていた。

ケンカも一切なかったし。

だけどそれは、互いに関心がないとも言えるもので。

すっかり冷めた夫婦だった。

いつの間にか入った亀裂は、気が付いた時には随分大きくなっていて。

ある日突然、妻は家を出て行ったよ。

しばらく実家に帰ると言ってね。

これはもう

離婚へ踏み切るための前段階だと、


俺は冷静に思った」
< 267 / 370 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop