理想の結婚
第10話
翌朝、実質的な初の盆休みをダラダラ過ごそうと布団の中でウトウトしているとメールが入ってくる。相手の名前を確認すると一輝と表示されている。
(メール開く前からなんとなく内容が想像できてしまうな……)
昨夜のキスを思い返しながら開くと案の定デートのお誘いとしか取れない文面が現れる。
(ああ、やっぱり全然諦めてない。っていうか昨夜キスされたとき何気に呼び捨てだったし、落とす気まんまんだな。どうしようか……)
いかにして断りを入れるか考えていると麻美のことを思い出す。
(そうだ、麻美と会う約束をしてそっちを優先させよう)
嘉也の連絡先を克典から聞き電話を掛けると、ちょうど麻美と一緒に居るとのことで会うことを約束する。一輝に会えないと連絡を入れ着替えると、嘉也と約束した場所へと赴く。電車で移動し、駅前のオブジェに到着すると嘉也が手を挙げて迎える。夏休みということもあり駅前は人で溢れ返っている。
「すいません、お待たせしました」
「大丈夫、全然待ってないよ」
にこやかに交わす嘉也を見て疑問を抱く。
「あの、麻美は?」
「麻美はちょっと遅れるってさ。駅裏に美味しい喫茶店があるからそこで飲みながら待とうか」
誘われるままオススメの喫茶店に向い、着席しコーヒーを頼むと嘉也が前のめりに訪ねてくる。
「昨日も思ったけど、理紗ちゃん綺麗になったね」
「え~、そんなことないですよ」
「いや、ホント。綺麗だって。向こうでもモテモテじゃないか?」
「それがそうでもないんですよ。案外出会いとかってないんで」
「ふ~ん……」
意味深なつぶやきをすると嘉也は笑顔で切り出す。
「ってことは、理紗ちゃんって今フリー?」
「ええ」
「俺と付き合う?」
「は? 麻美とはどうなってるんです?」
「別れる。っていうか最近上手くいってないんだ。麻美、束縛が激しくってさ。ぶっちゃけ俺の方が避けてる感じだし」
(避けてる、ってことは……)
「もしかして、麻美が遅れてるって嘘ですか?」
「ごめん、理紗ちゃんと二人で会えると思ったらつい。怒った?」
「怒りはしませんけど、あまりいい気はしません」
「うん、嘘ついてホントごめん。でさ、どうかな? 俺と付き合うの」
「嘉也さん本気で言ってます?」
「もちろん。実は理紗ちゃんのことは高校生の頃から気になってたんだ。気立ても良く、子供にも優しい理紗ちゃんがね」
(全然知らなかった。嘉也さんが私のことをそんな目で見ていたなんて……)
注文したコーヒーが運ばれると、一口飲んでから切り出す。
「でも、私と嘉也さんは従兄妹ですよ?」
「従兄妹ならさして問題ないだろ?」
「親戚からどんな目で見られるか分らない」
「なら誰にも言わず秘密にしながら付き合えばいい」
「そんな恋愛したくないです」
「理紗ちゃんには迷惑掛けないし、幸せにする自信もある。小さい頃から見てきてるぶん理紗ちゃんの性格とか人柄、よく分ってるつもりだからね」
(唐突すぎる上に強引だ。確かに物心ついたときから知ってるし、安心できる面もあるとは思うけど麻美から奪い取るような形になるし必ずいいことにはならない)
断り方の方針を定め覚悟を決める。
「別れて付き合うにしても麻美との関係が悪くなるのは確実ですよね。私と麻美は小さいときからの親友なんで、そんな関係にはなりたくない。この話は聞かなかったことにします」
「麻美の件はちゃんとするよ。そんなことより、理紗ちゃんの中に俺と付き合う気持ちがあるかどうかが最優先だよ。気持ちがないなら話も変わってくるし」
「気持ちは全くありません。今は誰とも付き合う気になれないので」
「今は、ってことはいつかはOK?」
「嘉也さんとは生涯付き合いません。こう言えばいいですか?」
少し怒ったふうに言う理紗を見て嘉也は溜め息をつく。
「俺、理紗ちゃんにそんなに嫌われてたっけ? 結構仲良くて昔から面倒も見てきたつもりだけど?」
「確かに幼少の頃はお世話になりましたし、とても頼りになる叔父さんだと思ってます。けど、それと恋愛は別です。何を言われても私の気持ちは変わらない。話がこれだけなら失礼します」
席を立つと何か言おうとする嘉也を振りきり早足で店を出る。本能的にできるだけ人の多い場所に向って歩くがその背後から腕を捕まれる。その瞬間、十年前の夏祭りがフラッシュバックし拒否反応を表す。
「いや! 離して!」
「ちょっと待ってくれよ。まだ大事な話があるんだ」
「離して!」
「大声出すなよ! 恥ずかしいだろ!」
「とにかく離して! 腕を掴まられるのが怖いの!」
「わ、分かったから、落ち着けって」
嘉也が腕を掴んだまま説得しようとした刹那、二人の間に入った男が嘉也を思いっきり蹴り飛ばす。その勢いと迫力に理紗は驚いた顔を見せる。振り向いたその先には一輝が立っていた。