理想の結婚
第13話
理紗の気持ちを知ってか知らずか実家に帰るまで一輝はずっと側におり、嘉也の呪縛から守ってくれているような感覚に包まれた。自宅を後にする一輝の後姿から寂しさを覚え、輪をかけてそれを実感する。居間に入るとちょうど篤志と奈津美が並んでテレビを見ており、克典が居ないこともあって思い切って嘉也との件を問いただす。
内容に差異はあるものの、嘉也が語ったことは概ね間違いはなく理紗はショックを受ける。結婚の件は当事者の気持ちを最優先すると言ったニュアンスを嘉也が都合の良いように捉えていただけで、婚姻を認めたわけではないらしい。さらに、八年前の事件が嘉也のものだと教えると篤志は顔を真っ赤にして怒っていた。借金のことは一切気にしなくて良いと言われ、安心しホッとしたのか理紗は涙を流す。その理紗を奈津美も泣きながら抱きしめていた。
話が一段落し自室に戻ると理紗はベッドに倒れこむ。神奈川での失恋からまだ四日というのに、理紗の中で相手の存在はすっかり消える。それくらい様々な出来事が重なり、失恋に浸っている暇がない。気持ちがざわつく中、脳裏に浮かぶのは一輝の笑顔だ。
(昨日、付き合えないとか言ったのに、気がついたら一輝君のことばかり考えてる。優しいし今の私を一番分かってくれている気がする。だけど、真剣に付き合うってなると障害がありすぎる。結婚だってできないし。一輝君の将来を考えるなら、やっぱり付き合うべきではないんだろうな……)
おもむろに携帯電話に手を伸ばし画面を見ると、一輝から身体を気遣うメールが入っており心が熱くなってしまう。
(付き合えないと思うからだろうか、嬉しい反面余計に心が苦しい)
メールの返信を作成していると部屋のドアがノックされる。
「はい」
「千歳です。入っていいですか?」
(えっ、千歳ちゃん? なんで家に?)
「ど、どうぞ」
携帯電話を急いで隠し千歳を迎え入れる。いつも通り可愛い服装をしており、地味な室内が明るくなった気がする。
「どうかしたの?」
「それはこっちにセリフです。どうして一輝君をとったんですか?」
「へっ?」
「お兄ちゃんから聞きました。二人が付き合ってるって」
(またアイツのしわざか! ホントうざいヤツだ!)
「安心して、付き合ってないから」
「さっき仲良く一緒に歩いてましたけど?」
「それは家まで送って貰っただけ」
「昼間だし一人で帰れますよね?」
「転んで膝怪我してるのよ」
膝の包帯を見せながら理紗は答える。
「いいって言っても一輝君心配性だから着いてきたのよ」
「じゃあ、本人を目の前にしてハッキリ付き合えないと言えますか?」
(他人からダメ押しされるとキツイものがあるな……)
「言えるわよ。当然」
「その言葉本当ですね?」
「くどいわね。怒るわよ?」
理紗の顔つきが変わり、千歳はたじろぐ。しかし、覚悟を決めているのか構わず続ける。
「じゃあ今夜、四人で食事しましょうよ。ノリを含めた四人で。そこでハッキリ言ってください。証人は多い方がいいから」
「分かったわ。それで千歳ちゃんが納得するなら」
「お願いします。場所は駅前のファミレスで夜七時。一輝君には私から連絡しますから、ノリには理紗姉からお願いします。じゃあまた後で」
言いたい事だけ一方的に告げると千歳は去って行く。
(血は争えないのかしら。アイツと同じで自分の欲望に素直というか。また厄介なことになったわね……)
作成途中だった一輝へのメールを削除するとベッドに大の字となる。
(昨夜言ったことをまた言わないといけないのか。しかも今度は第三者がいる中で。一輝君はなんて答えるんだろ。誰の前でもハッキリ物を言いそうだし、私を諦めないって言うのかな。それはそれで嬉しいけど、無用な軋轢を生むのは確実だし、予め連絡取って口裏を合わせておくべきだろうか。それとも一輝君の気持ちと想いにゆだねるか。何より、私はどうしたいのだろうか。付き合うことのリスクばかり考えて、本当の気持ちから逃げているだけな気がする。もし、一輝君が甥っ子でなかったとしたら私は……)
自身の中にある一輝への想いに気がつき理紗は胸の奥が熱くなる。
(私、一輝君のこと好きになってる。ヤバイ、こんな気持ちのまま嘘をつき通す自信がない。どうしよう、どうしたらいいの? 一輝君……)
携帯電話を強く握ったまま、理紗は枕に顔をうずめる。押し込めても沸き怒る一輝への想いに戸惑いながら。