理想の結婚
第3話
突然のことで何も言えないでいると千歳は言葉を続ける。
「一輝君のことは物心付いたときからずっと好きで、高校は同じ所に行きました。残念ながら大学は別々になっちゃいましたけど。今は東京の大学に通ってます」
「そう、でもそれと私がどう関わりがあるの?」
「一輝君と理紗姉さんって許婚なんですよね?」
許婚という普段聞き慣れない単語に理沙はびっくりする。
「許婚!? 誰が言ったの? そんなこと?」
「一輝君です」
「ああ~、なるほど。つまり、子供の頃の約束を未だに信じてるって感じ?」
「今はわかりません。けど、少なくとも高校までは理紗姉さんを想ってる感じでした。だけど、もうそろそろ吹っ切れててもいいと思う。だから、今回はかなり真剣に向かい合うつもりです。その邪魔をしたら、いくら理紗姉さんでも許さないから」
本気で言っているようで、千歳の目つきは鋭くなっている。
(この子、本気で言っているみたいね。私は全く興味ないのに)
「安心して、千歳ちゃん。ここだけの話、昨夜結婚を意識してた彼と別れたばかりなの。はっきり言って恋愛はしばらくしようとも思えない。ぶっちゃけ結構な男性不信だから」
「えっ、そうなんですか?」
「ホント。今回の帰省も半分自暴自棄になって来てるしね。独りでいたらイケナイこと考えてたかもね……」
「ちょ、ちょっと、理紗姉さん!?」
突然の告白を受け運転もそぞろに千歳は凝視する。
「冗談よ。でも、じっとしてるよりマシっていうのは事実だし、恋愛とかから距離を置きたいのもホント。だから、私のことなんて気にしなくていい。っていうかさ、私と一輝君って続柄的に結婚できたっけ?」
「いえ、三親等なんで無理ですね。私は四親等なのでギリギリ結婚できますけど」
「でしょ? ありえないって。カズ君と私じゃ未来無いし」
「ですよね。なんで一輝君、理紗姉さんにこだわってたんだろ?」
「バカだからそういうこと知らないのよ」
「いやいや、一輝君、結構頭いいんですよ? 慶応ですからね」
「へえ、あの鼻垂れがね~」
夏休みを共に過ごした光景が一輝を見た最後ということもあり、理紗の中では異性としてのイメージがわかない。
「理紗姉さん、何気に一輝君バカにしまくりですね。やめて下さいよ、好きな人なんですから」
「あはは、ごめんごめん。もうね、小さい頃のイメージしかないから。まあ、そういうことだから、私のことは気にしないでガンガンいっちゃって。応援してるから」
「分かりました。ごめんなさい、なんか理紗姉さんのこと敵視するみたいなこと言っちゃって」
「いいのよ。好きな人を追いかけるんだもの。それくらいの勢いないとダメだって。私はもう追いかける気力もないけどね。結婚どころか恋愛すらどうでもよくなってるもの」
自嘲気味に両手を挙げる姿に千歳の顔は笑顔になっていた。
実家に到着すると待ち構えていた奈津美に捕まり親戚への挨拶もそこそこに料理を手伝わされる。千歳もとばっちりで被害を受け、戸惑いながら包丁を握っていた。明日が本番ということもあり、賑やかな雰囲気で準備が進む。
夕方になると身内の者を残し夕ご飯を囲む。父である篤志(あつし)は医師で夜勤のため明朝帰宅するとのことで、奈津美と弟の克典(かつのり)、千歳の四人で箸を伸ばす。昼過ぎに来る予定だった一輝からは連絡もなく、千歳は終始心配そうな顔をしていた。克典と千歳と一輝は同級生ということもあり、わりと遠慮なく物を言いあったりしている。
「ねぇ、ノリ。カズから連絡ないの?」
「ないな、あいつなら野宿でも大丈夫だろ? 相変わらず過保護だなチセは」
「東京の生活で弱体化してるかもしれないでしょ? 親友ならちょっとは心配しなさいよ」
「ガキじゃあるまいし、ほっとけばいいんだよ」
荒々しい二人のやり取りを理紗は側から見守る。
(千歳ちゃん、ノリや一輝君の前ではカズって呼んでるみたいけど、本当は私と話していたときみたいにちゃんと名前で呼びたいのよね。このもどかしい感じ、見てて胸キュンだわ)
ポーカーフェイスで眺めていると、庭先にタクシーが停まり暗がりの中、誰かが降りてくる。
「誰か来たみたいよ? ノリ、見てきて」
「はいはい、お姉様」
久しぶりに会う弟だが、そこは姉弟ということもあり遠慮はない。玄関先で明るい声が聞こえると、しばらくして克典が居間に戻ってくる。その真後ろには、新幹線で隣の席に座っていた男性が見られる。
(へっ? なんであの無愛想男がここに?)
呆然と見ていると、千歳が照れを隠しながら挨拶し、その言葉を聞いた瞬間理紗は頭をハンマーで叩かれてたかのような衝撃を受けた。
「久しぶり、カズ」