異世界で不老不死に転生したのに余命宣告されました
すでに日は落ちて、距離の短い狭い路地には小さな灯りがひとつ点っているだけで、先にあるものの正体は判然としない。
オレは視覚を暗視モードに切り替えて、リズの行く先を見つめた。
そこにあったのは、壁面をびっしりと蔦に覆われた民家だった。窓と扉がかろうじて見えている。
リズが入り口の前に立つと、自動で扉の上にある灯りが点灯した。扉にある認証装置に手をかざして、扉を内側に開きながら振り返って苦笑する。
「古い家だから自動じゃないのよ」
言われてみれば、クランベールに来て以来、自分で扉を開けたことがない。ドアノブのついた内開きの扉も初めて見た。みんなスライド式の自動ドアだ。
簾のように垂れ下がった蔓をよけ、リズの後について家の中に入る。光を感知して視覚が通常モードに切り替わった。目に入った家の中の様子も外と変わりない。
そこかしこに植物の植えられた鉢が置かれ、壁にぶら下げられた鉢や棚の上にも植物が鎮座している。
建物の形はロの字型? 真ん中にある小さな中庭を取り囲むような形になっていた。当然のように中庭にも植物が生い茂っている。
中庭に面した壁は全面がガラス張りになっていて、四方にそれぞれ出入り口がついていた。
ガラスの壁に近づいて、室内から漏れる灯りに照らされた中庭の木々を眺めていると、リズが左手にある部屋の扉を開いた。
「料理するんでしょう? ここがキッチンよ。水道と電気は使えるけど、調理機械は長い間使ってないから使える保証はないわよ」
「フライパンと包丁はある?」
「あると思うわ。探してみて」
「じゃあ、問題ない」
ていうか、ハイテク調理機械の方が使い方がわからない。
「できるまでリズは好きなことしてて」
「じゃあ、シャワー浴びて着替えてくる。覗かないでよ」
「そんなヒマねーし」
原始的な調理器具と調理方法で作るから、手が空く余裕はないのだ。万能ロボットとはいえ、料理の経験値は初心者なんだから。
「できたら隣のダイニングに運んでおいてね」
そう言ってリズはキッチンを出ていった。
その後ろ姿を見送って、オレはホッと息をつく。キッチンからリズを追い出したかったのだ。
うっかり近づいてまた痛い目に遭いたくないからな。
くるりとキッチンを見回す。入ってすぐの玄関ホールや廊下ほどではないが、ここにも窓際に置かれた鉢に丸い葉を茂らせた植物が置かれていた。
リズが言っていた、隣のダイニングとは扉で仕切られていない。壁の一部が通路になっていた。
ちょっと覗いて確認すると、ダイニングテーブルは家族用なのか結構大きいようだ。これならリズとそれなりに距離を置いてオレも一緒に食事を摂ることができそうだ。やっぱり食事はひとりじゃ味気ないし。
こじんまりとしているが、料理の練習をした特務捜査二課の給湯室よりはずいぶん広い。調理機械も各種取りそろえられているようだが、オレには無用の長物。
買ってきた材料を調理台の上に並べ、戸棚やシンク下の扉を開けて調理器具を引っ張り出す。
「よし、始めるか」
腕まくりをして気合いを入れると、内蔵メモリに記憶された手順を確認しつつ、オレは調理を開始した。