アプリーレ京町、へようこそ
「は、はぁ...っ、ちょっと!」
なんか勢いで引きずられてしまってされるがままだった俺は、道路沿いまで来てやっと男の手を振り払った。
「あんた!何なんすか!急に引っ張って!」
俺が声を荒らげると、ヤツはようやく振り返り、ーーきょとんとした。
「は?」
「え、イヤ、は?じゃなくて!」
「だっておまえ...アパート、行きたいんだろ?アプリーレ京町」
「え」
今度は俺がぽかんとする番だった。
「そ、そうですけど...?」
何でそれを、とは言わずに疑いの目を向けると、ヤツはあぁ、と言って肩をすくめた。
「あの公園でアンタがすっげーデカい声で電話してただろ。聞くつもりはなかったんだが...」
(や、やっぱり聞こえてたんだ...恥ずかしい...!)
「それで、迷子、とか言ってたから。てっきりあのアパートを探してるんだと思って、つい。悪かったな」
「あ、い、いえ...俺のほうこそ、なんかすいません...」
俺は慌てて頭を下げる。と同時に、ヤツの言葉にひっかかった。
「あのアパート、って...。道、知ってるんですか?」
「知ってるっていうか...住んでるけど」
「えええええ?!マジっすか!!」
神様だ...!
こんなときにまさかアパートの住民と出会うなんて。どんな確率?どんなラッキーマンよ俺?
もう気分はルンルンで。心なしか夕日まで後光に見えてくる気がして。
「あ、あのっ!俺、安田ヒロっていいます!19です!これからよろしくお願いしますっ!!」
全力で頭を下げる俺を通行人が白い目で見てくるけどそんなの全然気にならない。俺はむしろここで神様にーー
「おい、んな頭下げんなって」
頭上の声が困ったように笑う。俺はようやく顔を上げた。
「......」
さっきまでは後ろ姿ばっかりで分からなかったけど。
目力のある切れ長の瞳に黒い短髪。Tシャツから覗く二の腕はしっかり筋肉がついていて肩幅もガッシリしている。それに何より...ヤツは俺より頭ひとつぶん背が高かった。
「よろしくな。俺は、黒沢直樹、ハタチだ」
そう言うと、黒沢さんは白い歯を見せてにっ、と笑った。男の俺が見惚れそうになるくらいのカッコ良さ。
ああーー
どうやら俺は間違っていたようです。
俺が出会った住民第一号は、神様でも何でもない、ただの男前でした。

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