セカイカクメイ
第一章
いつだろう。
俺は夢を忘れたことに気づいた。
未来と言われれば想像できる。
物事を先読みすることも容易だ。
でも何故か《自分の目指す先》が見えなくなった。
自分の将来、いわゆる夢を見れなくなった。
正直、俺はそれでも構わないと思った。
でも、セカイはそれを許さなかった。


小春日和。真新しい制服に身を包んだ新入生達は不安な表情の裏に確かな喜びを覗かせ、入学式の式場である築70年の体育館に足を踏み入れた。
相当古いこの体育館は、歩くだけで足元が軋む程に老朽化していて、ちょっとした地震で崩れてしまいそうだ。正直運動部を哀れに思う。
なんて呑気な事を考えている間に入学式は終わってしまった。本当に時が経つのは早い。

特に俺の様な『異質』な存在にとっては。

入学式を終え、ホームルームを終え、下校時間となった。正直入りたい部活は無かったので真っ直ぐ家路につく。…予定だったのだが。
「やぁやぁ!!君かい?入試でトップの超特待生君は!!少し話があるんだけど、いいかな?」
ニコニコと笑顔で話しかけてきたのはスカートの色から見るに3年生だろう。二つ結びの少女だ。
「…ええ。はい」
ここは大人しく従って早いとこ終わらせてしまおう。俺はその少女についていくことにした。
どこに向かっているのだろうか。もしや部員集めに四苦八苦する得体のしれぬ謎の部活の勧誘だったりしたら。…やはり帰るべきだったか。しかしどうも特待生という特定の扱いなのが引っかかる。
そんな事を考えていると、何かの部屋のドアの前に着いた。
「君って成績優秀だし、今までにも全く問題を起こしていないと聞いてね。是非仲間になって欲しいと思ったんだ」
そういってドアを開けた少女に促されるまま、その室内に入る。俺は室内の光景に驚愕した。
「特に何もねぇ…?」
「そりゃそうだよー!」
どういうことか。室内にあるのは机と椅子、本棚、テレビといった、特徴のかけらもない淡々とした家具ばかり。一体ここはなんだ。やはり得体のしれない闇部活か。
「ここには基本何もいらないよ。必要なのは優秀な者だけだね!」
「一体ここはなんの活動をする場所なんですか?」
「あっ、もしかして興味ある??」
「というよりかはむしろ警戒ですね」
訳のわからない会話をしていると、ドアを閉める音が聞こえた。そこに視線をやると、背の高いメガネの少女が出てきた。
「先輩、うるさいですよ。緋瞳先輩も寝てるんですから。」
「えっ?ひーちゃん寝ちゃったの?あらまー、せっかく自己紹介しようと思ったのにぃ…。」
「あのちょっとすいません。」
「何かな?」
いきなりなんなんだ。勝手に新入りだの自己紹介だのと訳のわからない方向に話がぶっ飛んでいってる。
「俺は今どういった立場なんですか?」
「先輩、私の時もそうですけど、訳も説明せず連れ込むの良くないですよ、割と真面目に。」
「え〜?だってそのほうが入ってくれるかな…って?」
「あの。で、俺は今どういう状況下にあるんですか?」
「先輩に任せるわけにはいかないから私が説明するな。私達はこの高校の生徒会だ。会長は今は寝ているが、3年の女子生徒。副会長はこの人だ。」
「ちょっと、この人って。先輩をそんなぞんざいに扱ってー。」
「ぞんざいな行動とるからですよ。で、私が書記兼庶務だ。うちの高校では評判のいい生徒を生徒会に勧誘するのが伝統でな。すまない、迷惑をかけた。…先輩が。」
「えぇー!?いや確かにそうかもだけど酷いよーー!」
「かも、じゃありません。完全に先輩のせいです。酷いもクソもありませんよ。」
「あの、じゃあ俺って帰ってもいいんですよね?」
「あぁ。勧誘ってだけで強制じゃないからな。入ってくれないのは残念だが、また機会があればその時はよろしくな。」
「えっえぇっ!?帰っちゃうのー!?」
「じゃあ。さようなら。」
俺はこうして訳のわからない謎めいた生徒会室を後にした。

無事家路につくことができた俺は、まっすぐ自宅に帰る。
中1から一人暮らしをしているし、親からの仕送りもあるから生活には何ら困っていない。むしろ親がいた方が色々と面倒だとさえ思う。物心ついた時には独りぼっちだったし、一匹狼なのは天性だろう。
自宅に到着し室内に入ると、見覚えのある人影が見えた。
「おかえり兄貴!飯作っといたぞ!」
「久しぶりだな。どうしたんだよ」
居たのは俺の弟…とは言っても血縁ではなく、正確には俺を兄と慕う年下の幼馴染みと言ったところだ。
「いやぁ、最近まともに会話できる連中とつるんでなくって。人間と接するのは正直苦手だし、兄貴に会いたいなーと!」
「馬鹿なのかお前は。いい加減人間に慣れて人間の真似して平穏に暮らせよ」
「でも兄貴はまだマシだけど、俺なんかすぐ力が漏れて怖がられちゃうっていうか…窮屈だよ、環境が」
そう。簡単にいうと、俺達は化物のようなものなのだ。
俺達は数百年前から人間を見てきた。俺の場合は半分人間な分見た目が人間と酷似している。
「なら、お前も明日から俺の通ってる学校に来い」
「ええっ!?!?無理でしょ!戸籍だってないのに…」
「それぐらい俺にはどうにだって出来る。出来なかったら俺も通えてないだろうが」
「あっ…確かに…でも怖いなぁ…」
「お前が怖がってどうすんだよ。別に普通にその場にいてやることやればいいだけだ」
「でも人間いっぱいいるんだよな…?」
「だからなんだ。当たり前だろ」
「…俺って名前あるの?」
「…あぁ……なんて名前がいい?」
「兄貴と似てる名前で!」
「…分かった。物の準備はしてやるからお前は心の準備だけしてろ」
そう言って俺は風呂場へ向かった。

風呂から上がると、奴は夕飯の準備をし終えてテレビを観ていた。奴は人間の好むスポーツというのが最近のお気に入りらしく、よくテレビでその試合を観戦しているのだ。
「兄貴、ご飯できてるぞ!飲み物何がいい?」
「緑茶。てか本当スポーツ好きだな。これは何だ?」
「バレーボールだよ。四角の中でボール落としちゃいけないスポーツらいぞ。んっ、出してもいけないんだっけ…?」
「お前やっぱり学校行った方がいい。弊害が酷い。」
「??そうなのか??兄貴がそう言うなら行く!」
「そうか。ならよかった」
そう言い寝室に向かおうとすると、奴が少々キツイ口調で訴えるように話しかけてきた。
「兄貴!っあのさ…もし、学校にいったら…」

―――まただ。頭が、痛い。

「…人間も、妖も、獣も草木も、みんな幸せにのびのび生きれるように出来るかな?」
「……………それは分からない」
「そっか……「でも」
「何もせず、突飛な意味も無く生きてそんなことを嘯くより…そのお前の〝夢〟とやらに近付くんじゃ無いのか?」
「…そうだな…。良く分からない言葉も多いけどさ、兄貴の言ってること、伝わった」
「そうか。…少し外に出てくる。お前は寝ていろ」
「分かった。早く戻ってこいよなー」
奴が寝室に行ったのを見計らい、俺は外に出た。

外は点々とある街灯と月の明かりだけで、人間なら歩く事すら恐怖を感じるだろう。此処は大して都会じゃないから人が少ない。住むことを決めた理由もそれだ。
そんな街中を歩きながら、また昨日と同じ事を考える。
「〝夢〟か」
夢とは何かと問われれば答えられる。だが、「夢は何か」と問われても、俺には分からない。
夢が無いと云えば単純で改善の為(し)ようがありそうなものだが、俺は〝夢〟が分からないのだ。だから俺は夢を見る事が出来ない。
さっきも奴が〝夢〟について熱心だったのも、俺には理解出来ないのだ。
「そうだ、奴の名に夢を入れるか…夢…斗…」
「よく名前間違われるけれど、私は“むー”だよー」
突如頭上から降ってきた声は少女の声だった。

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