帰ってきたライオン
「俺さ、夏すぎにあっち帰るわ」
唐突に発したその言葉、あっちってどっちなんだか最初わからなかった。
「ああ、自分ちに帰るってこと?」
「違う」
「じゃどこ」
「オース」
「は?」
言っている意味が分からない。何を話しているんだろうかと訝しみ、眉間にしわが寄る。
「オースって何?」
「え? そこ? オースっていったらオーストラリアでしょ。それしかなくね?」
「なんだそれ! ちゃんと、トラリアまで言え! そんなんじゃぜんぜんわからないよ。しかもそんなこと言ってんの羊君だけなんじゃないの? ぜんぜん意味不明だけどそれ」
「そう? いけると思ったんだけど」
「無理」
「そうか」
「っとにさ、なんなのそれ。もうなんかいろいろ気を使ってたけどもうやめた。全部聞いてやる。オースなんて言ってるような奴に気を遣う必要ない」
「失礼なやつだな。オース、駄目?」
羊君のその適当さ加減に頭にきたというかもういろいろこいつに気を遣うのは意味がないと思って、ずけずけと聞いてやろうと思った。
まずはあれだ、週末のたびにどこへ行っているのか、
それから会社が借りてくれている家はどうしたのか、
そしてグリーンって人とは一体どうなっているのか、
この三つは絶対に聞いてやろうと心に決めた。
目の前には麦茶を飲みながら満腹に感服している羊君、大きく出たお腹をぽんぽんと叩いている。
そういえば松田氏は大丈夫かな。一人でごはん食べたのかな。
誰かと一緒に食べることが好きって言ってたし、家に一人じゃ寂しくないのかな。
今日は外で食べてくると連絡を入れたけど、そういや羊君とってことは入れなかった。
なんか、入れにくかった。
二人だけで食事するって入れたらきっといい気持ちはしないだろうしって思って、そこは伏せた。
返信には『わかりました。楽しんで』
の一言。
それ以降何も連絡していないんだけど、帰る前にメールを入れておこう。
よくよく考えたら羊君と一緒に帰るんだから最初に書いておいてもよかったかもって思ったのかもしれない。
でもあの時の私はそこまで考えられなかった。