帰ってきたライオン
ひとりじゃ怖いだの寒いだの寂しいだのとはったおしたくなる弱っちいごたくを並べ、なんとか私の陣地へ入り込もうとする。
がしかし、相手にされないので諦める。
そのうちに冷蔵庫を開けてビールのプルタブをプシャっと開ける音が聞こえる。
そのあたりにくると私も部屋着に着替えて心身ともにリラックスモードに入っているわけだ。
「ビールです」
「どうも」
がらっと弾ける音をたてて缶ビール一本分の道だけ戸が開かれ、ビールが私の陣地へと差し出される。
これもこの1週間の馴染みの行動。
「あー、一人で飲むのってなんか寂しいですよね。隣に人がいるのに」
「戸を隔ててお互い関わりを持たないってのもなかなかあれだよ」
「なにもしませんって。話もしたいじゃないですか」
「話すことないんだなー、私は。それに、何かしてきたら、しばきたおす」
「ほら、そんな怖いこと言う人にはなんにもできないですよ」
「松田氏」
「はい」
「あんまりうるさいと、すぐ向かいの自分のおばけ部屋に帰らせるよ」
「僕が悪かった気がします。さーせんでした」
「よし」
これも毎度のこと。ようは挨拶みたいなものだ。
松田氏は草食系だと勝手に判断した私の感は正しく、あと一押しを投じてこないゆるゆる系で間違いないだろう。
そんなんだから、言い合っているお互いの声は笑っている。
松田氏の部屋は私の部屋の真向かい。
そう、玄関あけたら二歩で向かいのうち。
毎朝同じような時間に玄関を出るので、会釈くらいはしている仲だった。ご近所さんとして。
それがまさかの会社の廊下でばったり会うというショッキングな出来事が数回あった後、部所総括の打ち上げでこれまた鉢合わせるといったミラクルが起きた。
そしてからのしばらくした後に、はい、冒頭の事件に戻るということになる。
そんなこんなで、今、この戸の向こうには、100円で買ってきた丸い座布団の上に正座をして、300円で買ってきた子供むけのちゃぶ台の上でビールを飲んでいる松田氏がいるわけだ。テレビは私の陣地にあるので松田氏は音だけで楽しんでもらう。
年は3つ下の25歳。
年下に興味のない私は松田氏がいてもいなくてもどうってことはない。
そして、本当に松田氏の部屋は外からでも湿っぽくて雰囲気が悪いのがわかる。
見えない私でも、『なんかいる?』的な感じになるので、人助けとしてよしとした。