帰ってきたライオン
次の日から松田氏は帰りが遅くなった。
「仕事の都合により帰りは遅くなります。ですのでその間は夜ごはんは申し訳ありませんがご自分で作るか買うか外で食べるかしてきてください」
と、朝、うちを出る直前に言われた。
そりゃ松田氏だって仕事をしていて忙しい時だってあるだろう。毎日定時に上がる羊君と違って抜けられない用事もあるだろう。
でもなんかちょっとだけしっくりこないところもあった。
誰といるのか、大体……
私の感は……
いや、ここは考えない方がいいだろう。
羊君はすこぶる機嫌が悪くなっている。
それは簡単な話、グリーンがいつまでたっても連絡を寄越してこないからだ。
電話、無視。
メール、無視。
LINE、無視。
国の家電、無視。
完全、無視。
連絡の手段を切られたといってもいい。
松田氏のことを怪しみ、影でこそこそ会ってるんじゃないかと疑ったりしている。
しかし、羊君もそろそろ秋になったらオーストラリアへ戻ってしまう。オーストラリアサイドの仕事を任されることになりそうだとは風の噂、上田さんの情報から聴取したものだ。
なので、松田氏だけじゃなく、羊君までもが帰ってくるのが遅くなった。
私もいつものごとく帰るのは遅い。そんな私が一番早く帰ってくるわけだ。
もちろん家は暗い。いつものように『おかえりなさい』と言ってくれる声もない。美味しそうなごはんのにおいもなければテレビから流れてくるお笑いの声もない。
冷たい部屋がぽかーんと口を開けているようでなんだか切ない。
玄関のライトをつけて「ただいまー」と言えば、そのことばはいつまでも部屋の中をかけめぐり、なかなか空気に溶け込まない。
仕事が終わってうちへ帰ってきたら夜ごはんが作られていることの幸せさ、普通じゃないんだってことが身に染みて分かった気がする。
エプロンをして台所に立って料理をしている松田氏を思い浮かべて、誰もいない静かな台所を見て、悲しくなった。