帰ってきたライオン
「買わない?」
「買わない」
松田氏の部屋にあるなら持ってきてと言おうと口を開きかけたところで、声を飲んだ。
松田氏の部屋には何もない。
確か、台所に不釣り合いな大きめのテーブルがひとつ。
冷蔵庫、本棚にテレビに……
そんなところだった気がする。
そもそもが松田氏の部屋は北側に位置する。私の部屋は南側。おばけくんだりの話ではなく、ただ単に造りと部屋の位置の問題ではないだろうか。
と、言ってはみたが、隣の空き部屋を大屋さんに見せてもらったら、これがまた全然違う。
こうなんていうか、すっきりさわやか。ひまわりがよく似合う。
松田氏の部屋はじっとりジメジメ。カタツムリかよく似合う。
しかも、これは私の部屋にも言えることなんだが、一度入ったら1年は住むことという契約のおかげで激安な家賃で貸してもらっているわけだ。
だから松田氏も部屋を引き払うことができないんだと思う。
しかも、先払いで払ってしまったということだ。
同じ職場なんだけどやはりそこには仕事内容によって格差が生じているのか、きっと私なんかよりももっとたくさんお給料を貰っているに違いない。
こたつ?
ふん、我慢してもらおう。私はそんなに寒くない。
東北生まれの私には東京の寒さなんか屁のようなもの。
よくニュースで『東京都心の積雪3センチ』とか言っては騒ぎ立てているけれど、
3センチメートルだ?
そんなもんは積雪のうちに入らん。粉雪程度だ。
と、ニュースを見ては『ふっ』と、鼻で笑っていた。