帰ってきたライオン
「ごめん」
「何がですか?」
「いろいろその、松田氏になんか嫌な思いさせちゃって」
「してないですよ。俺は俺でけっこう楽しませてもらってたんで」
「楽しんでたの?」
「はい。こんな体験滅多にできないですよ。”今彼”とその彼女の元彼と一緒に生活するなんて。これは楽しむ他に何かすることあります? したくてもできないですよこんなこと」
「あの、さっきのあれ、ほんとはどっちがほんとの松田氏なの?」
「……ああ、どっちだと思います?」にやっと笑った松田氏を見て、うん、聞くのやめとこうって思った。そしたらおもいきり笑まれた。
屈託の無い笑みがむかつくってこういうことなんだなー。って実感した。
「それに、成田さんのことは大好きですからね、それにあなたは羊さんとはそんなことしないと信じてましたしね」
「あ、りがと。ってそこじゃなくて、私って、彼女なの?」
だって前、ただ好きなだけって言ってたよね。でもさっき今彼って。あれはなんだったんだと思っていると、
「ですから今、大好きと言いましたし、羊さんと美桜さんの問題はさきほど片付きましたよね。
羊さんはグリーンさんの元へ帰りますし。だから、成田さん」
「はい」
「俺の彼女になってください」
目の前で急に真面目なことを言われても、でも、澄んだ瞳が綺麗で吸い込まれていきそうになる。
「……私でよければ」
「成田さんじゃなきゃだめなんです」
にっと笑った顔は、日向ぼっこしている猫よろしく全体的にお日様の香りがした。
「松田氏」
「美桜さん」
「美桜さん?」
「はい。美桜さんは松田氏でいいですよ、それ、面白いから」
腕を伸ばせばちゃんと返してくれて、ぎゅっと抱き合えば松田氏からはシャンプーの香りがした。
そういえば、ぎゅっとしたの、初めてかもしれない。
手を繋いだことしかなかった。厳密には一方的だけど。
こんなに密着したこともなかった。
ああ、そうか、ちゃんと待っててくれたんだ。
私がはっきりするまで待っててくれたんだ。
待ってるって言ってくれてたの、本当にずっと待っててくれたんだ。
ぎゅっとしたまま、しばらく松田氏の温かさを感じていたら、ふわりと幸せな空気が辺りに漂ってきた。
だから、怒濤の勢いで突進してくるものに、気がつかなかった。