帰ってきたライオン
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そこで気がついた。
上田さんが言ってた例のオーストリアだかスイスだか知らんがどこかその付近からやってきた、12時にランチに出て定時に帰っていく輩と一緒の部署ではないか。
私とは全くもって行動時間が異なるため、まだ会ったことがないが、食堂で女子会ランチ並みに盛り上がっている若手女子チームがきゃっきゃきゃっきゃと色のついた笑いを興じていた。
今度聞いてみよう。
いったいどれほどのものなのか。そこまで騒ぎ立てることのある人なのか。少しは私にも興味がある。
噂話には背鰭、尾鰭、胸鰭、更にはつきまくってとさかのような鰭までついているときがあるので、鵜呑みにするのは少しばかり怖いところ。
ここは話半分で流しておいたほうがよさそうだ。
そういえば、うちでは仕事の話は一切しない。
話すことと言えば、天気のことや今日食べたもののこと、茶っ葉がそろそろ切れるとか、茶菓子の煎餅を買いに行こうとか、栗もなかの美味しい店があるからそこで買ってきて、渋めの茶と頂こうとか、なんだかもう本当にジジーババーな話ばかり。
ここにゲートボールと温泉が加われば、定年したシルバーエイジのイベントと化すだろう。
体の関節が痛むからグルコサミンを採ろうとかの話になったらそろそろ終活に入ったほうがよさそうだ。
溜め息をついた。
落ち着きすぎではないか。もう少し暖色系な行動にシフトチェンジするべきではないか。
例えばそう、どこかテーマパークへ行こうとか、例えば有名なレストランでお洒落に食事をしようとか、例えばどっかのホテルのバーでしっぽりグラスを傾けようとか、そういったジャンルがあってもよさそうなものだ。
しかしだ、テーマパークへ行ったら次の日に疲労が残るかもしれない。有名なレストランは高いだろう。そのお金で何日分の食事が作れるか。ホテルのバーで飲む酒も家で飲む酒も味は変わらん、そして値段は10分の1で済む。
完全なる庶民な発想しかできない私は頭の中で号泣した。
「美桜さん、仕事、早くしてくださいね」
下唇を噛みしめ、知らぬ間におでこに皺を寄せていた私の肩を軽く叩き、上田さんが首を振りながら、小さなポーチを持ってどこかへ歩いて行った。