帰ってきたライオン


「というわけでね、松田氏。その例の噂の格好いい人ってどんな感じ?」

「なんの話ですか?」

「いやいや別にそんな松田氏だって格好いいよ。はっきり言って。大丈夫わかってるから。って、そうじゃなくてね、女子の間でやんややんや言われてるの、耳に入ってない?」

「ないですね」

「えー。だって、松田氏の部署にヨーロッパから帰ってきた人いるでしょ?」

「ヨーロッパ? いないですよ」

「……またまたあ」

「いや、本当ですって。聞いたこともないですよそんな話」

「最近の専らの噂だよ。海外営業部にヨーロッパ帰りのイケメンがいると」

「えーと、たぶんそれ部署間違えてると思いますよ。少なくとも確実にうちの部署にそんな人いませんよ。お茶、もう一杯飲みます?」

「飲む」

「じゃ、淹れますね」

なんと。
上田さんにまさかのミス。

初めてのミスが出た。この手の話で上田さんがミスるなんてことなかったのに。
この真相を明日言うべきか。しかして噂の出所はどこなんだろうか。

いや、ここは知らない顔をしておいたほうがよさそうだ。
せっかく仕事が早くなってきていて彼女的にも仕事の楽しさを覚えてきているところだ。たぶん。

松田氏はいつも通りテレビを見ながら変な猫の絵が描かれている湯飲みを両手に持って、えへらえへらと笑っている。

こんなことで嘘をつく人でもない。
ということは、みんなが噂している人は一体誰?
そしてどこにいるのか。
もしかしたらただ単に新しい社員かなんかかもしれない。
時期的に首を傾げるところでもあるが、例外だってあって然り。

明日上田さんに会ったら薄く、薄ーくだけ聞いてみよう。
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