帰ってきたライオン

『そうなんですよ、間違えていまして、どこの部署なんだか今調査中なんですよねー。でも最近は出張でどっか行ってるっていうし、私の仕事も忙しいからそっちに気が回らなくて』

なんとも涙のちょちょ切れる話を上田さんのリップグロスで潤った輝くお口から聞けるなんて、夢のよう。

私の仕事が忙しい……リフレインするワードがくるくるくるくるワハハハハと頭の中で回り続けている。

そうかそうか、それならば仕方あるまい。そんなうつけな話は忘れて供に仕事に精をだそうではないかと言おうと口を開きかけたところで、「ぜってー真相を突き止めてみせる。私の名にかけて」と、どこかで聞いたような聞かないような台詞が耳に入ってきた。

「ヨーロッパ方面、スイスでダイヤモンドの仕事なんてあったかな? あることはあるけど、どうせならイギリスな気もするよね」

「そうなんですよ。それにうちの会社、そんなもん扱ってました?」

「ないよね。まずうちの関係しているところでは聞いたことない」

「グループ会社のどっかとかですかね」

「そうなるよね。それか、誰かに用事があって来ただけで、そもそも本務地は他に置いてるとか」

「ありえそうですよね。ま、あれですよ近いうちに真相をお伝えできますから」

「え、それ別に期待してないよ」

「してくださいよ、冷たいなあ」

そんなことよりも他にやることもある。

それに、今の仕事を覚えてもらったら次のステップに行ってほしいとも考えている。

この機会を逃したら上田さんのやる気スイッチは消え去るだろう。探すのも面倒な話。できればこのテンポのままさくさく進んでくれることを大いに期待したいんだけどね本当は。

「あ、そうだ美桜さん、今日仕事後に軽く食事会があるんだけど行きません?」

「行かない。お金無いし」

「松田氏は来ますよ」

「え、そうなの?」

「連絡来てないですか?」

知らん。そんな連絡あったかな。
ポケットからスマホを出してLINEのチェックをしてみた。

『仕事後に食事会に誘われました。成田さんも来るって話だったのでOKしましたよ。晩飯、これでいいですよね』

あー、けっこう前に来てるねこれ。考えてみればこれで夜ご飯を済ませば楽だな。よし、これでいいか今日は。

『そうしよう』

とだけ入れて、場所はどこなのか聞こうと上田さんに顔を向けた。

「LINEくらいこまめにチェックしてくださいよね。美桜さんの返事聞く前に私もう予約しちゃってますから。行かないとかほんとやめてくださいよ」

薄ら細い目で見られ、LINEのチェックをまめにしろと言われましてもね、業務時間ですから。

それに聞く前に予約するとか、あれですね、さすがですね。としか言えない。

というのは思っていてもひとまず口にしない。それで穏便にすむのだから。

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