帰ってきたライオン

「ほら、成田さん、起きてくださいよ。またこたつで寝て。風邪治らないですよ」

耳元で聞こえた声、だんだん意識が戻ってくると出汁の香りが鼻をかすめた。

「松田氏」

「起きてください。今うどん作りましたから、座って。食べられたら食べてください」

「食べる。うどん? たまごも?」

「半熟で二つ」

重たい体をなんとか起こし、鼻に詰めっぱなしだったティッシュを交換した。おでこから剥がれそうになっている冷えピタをもう一度張り付け、半纏を着直した。

テレビではボリュームを下げてお笑いが流れている。
面白いことを言ってるんだろうけど今は笑えない、笑える気分じゃない。

台所では松田氏がうどんの状態を確認している。

足元にはセールで買った198円のウサギの耳つきふわふわスリッパ。かかとまですっぽり入るものなのだが、男性には無理だったか。かかとを踏んづけている。

「たまご二つって摂りすぎな気もしますけど」

「一つじゃ食べた気がしないよ」

「そうですか? ま、食べましょう。そして薬飲んで寝ちゃいましょう。そしたら良くなってきますよ」

「……ありがとう。風邪移すといけないから松田氏、食べたらもう帰ったほうがいいよ」

「どこに?」

「どこにって、冬休みだよ、実家帰らないの?」

「あれ、言ってませんでしたっけ? 俺の実家今誰もいないんですよ、旅行行ってて」

「そうなの?」

「だからここにいますよ」

いや、それは嬉しいけど、でも風邪移すと思う。と、うどんをずるずるしながら言えば、俺どこも行くところないんですよ、あの幽霊部屋で年を越せと?

と、反論。

ほんとに風邪移したらごめんね、おばけの部屋に帰れとは言えないから、松田氏、くれぐれも私の風邪を貰わないように、地球全体バリアしてね。と念をおす。

地球全体バリアしたら成田さんも入るじゃないですか、『成田さん抜かしの地球全体バリア』にしますね。と、なつっこい笑顔でずずずずずっとうどんをすすった。

かという松田氏もちゃっかり半熟たまごを二つ入れていた。


「松田氏」

「はい」

「なんでそんな優しいの?」

「それは…………言わなきゃ分かりませんかって、成田さん、鼻水どんぶりに入ってますから! ほら」

ティッシュで拭いてくれる松田氏に委ね、たまごもちゃんと食べて薬も飲んだ。

すぐに眠くなってきて、松田氏に聞かなきゃって思ってたこと、それも一緒に夢の世界へ足を踏み入れた。

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