帰ってきたライオン

祝い肴三種(三つ肴、口取り)更には煮しめに酢の物、焼き物……

黒豆、数の子、紅白かまぼこ、こぼう、伊達巻、栗きんとん、鯛に海老の焼き物、大好物の昆布巻き、酢の物、菓子諸々。

三段重箱にびっしりと詰まった御節料理は松田氏の作品だ。


今日日、男子でこんなに本格的な御節が作れる人なんて、普通のサラリーマンにはなかなかいないのではないか。

今、私の目の前で甘酒をすすりながら年末恒例のお笑い番組を笑顔で見ながらたまに肩を揺らす松田氏の横顔と、こたつの隅にででででんと置かれた重箱とを交互に見やっている。

結局、松田氏は実家へ帰ることなく家で正月を過ごすこととなった。家族、といっても一人っ子なため両親のみになるが、年末旅行で沖縄へ早々と飛んだということだ。

松田氏もそろそろいい年なので、年末に過ごす人くらいいるでしょう? と、母親からの問いに、やや明後日な方向の解答を提示し今に至るところ。

じーっと見ている私の視線を感じてか、

「あれ、甘酒終わりました? もう一杯飲みます?」

などと検討外れなことを言いながら立ち上がって台所へ行く姿はもうほんとあれだ、

『おとうさん』

こたつの上に乗っかっているスーパーの年末特売で買った甘辛い煎餅をひとつ手に取り、袋の上から割って小さくする。それから袋を開けて一口口に入れた。

ところで、松田氏が甘酒を持ってきてくれた。

ん、ちょっと待て。なんかおかしい。テレビに顔を向けているけど、気配で分かる。松田氏、自分の借地側に戻らないで私の横にいる気がする。どういうことだ。

「成田さん」

不意に呼ばれ振り向くと、目の前に綺麗なもやしの……いや違う、小さく整った松田氏のフェイスが。

「ついてますよ」

手を伸ばされ口元にひっついている煎餅のかけら。

触れた指は温かく、ふわっとした笑いは反則技だ。イエローカードだ。
この笑顔はやばい。不覚にもドキッとしてしまった。

ムカつくほど長いまつげ、無駄に高い鼻、中性的を代表したような綺麗なお顔。近くで見たらそう感じた。

目が合ったまま時が止まり、急に真面目な目になった松田氏にびくりとし、「あ、りがとう」と言って目をテレビに無理矢理はっつけた。

「ほんと、成田さんてこどもですねー」

「っさい」

いつもと変わらぬ冗談。少しほっとした。

目の前に座った松田氏をちらっと伺ったけど、これまた変わらぬニュージーランドあたりにいる野放しにされてる性格の良さそうな、のほほーんとした羊の目。

羊?

羊君。

頭の中に羊君の顔がぽんと浮かび上がり、今さっき芽生えたようななんともいえない感情はあっというまに消え去った。

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