帰ってきたライオン
「俺かれこれもう何年もこういうとこ行ってないんですよ。行く人もいないっていうか、いろいろあって」
「そそそそそそうなんだ。いろいろあったんだね」
知らなかった。松田氏の過去になんて触れたこともなかったから、そういや何があったかなんて聞いたこともなかった。
「3年くらいですかね。前の彼女と別れてから。それ以来ぜんぜんないですね、彼女とかそういうの」
「まじ? なんか松田氏のそれ、私のこと言えなくない?」
「いやいやいや何言ってんですか、5年と3年は違いますよ。2年違うって相当ですよ、ほら、730日の違い」
「そういう細かい数字で提示しないでくれるかなあ。けっこう堪えるよそれ。心の傷にそっと針を落とすような真似はやめて」
「ははは。大げさですね。でもまあ、あんま変わりないか」
「ないない」
「ま、いいじゃないですか過去は過去で。そんなこと今更言ったってどうなるともなし。お互い今が一番いいんだから。あ、あんず飴あった。成田さん好きって言ってましたよね。買います?」
「買うに決まってんじゃん」
3年くらいかなって言われたとき、怒涛の波さながら聞きたいことが押し寄せてきたけどぐっと堪えた。
堪えなきゃって何かがとどまらせた。
どんな彼女だったの?
何歳?
どのくらい一緒にいたの?
どこ行ったの? 何したの? 楽しかった?
どうして別れたの?
『お互い今が一番いいんだから』
そう、思ってくれてるんだ。
と、思ったら、なんだか少し、いや、けっこう嬉しくなった。
だから、
「そうだよね。私たち、今が一番いいし、楽しいよね」
力説してしまった。しかもしっかりと目を見てはっきりと言ってしまった。
あんず飴を食べながら。
松田氏、お目目真ん丸にしてる。真顔。
やばい、またも言わなきゃよかったことを。どうしよう、目、離すに離せない。
「はは、成田さんおもしろい。でも、そうですよ。今が一番いいんですよ」
なんか、うっすらごまかれたってかそらされた。
視線外して笑ってるけど、なんか雰囲気違った。
けっこうショック。
いやだから、なんで私はこんな気持ちになってる。
待て待て落ち着け。と、あんずを一気に口の中に頬張ったら、やたらと大きくてそして水あめが歯と上顎にへばりつき、口いっぱいに収まりどうにもこうにも動かせなくなった。
それを見て松田氏は『リスみたい』と爆笑し、涙ぐむ私を見ながら笑い、両手を口元に持ってきて、「はい、出して」と、吐き出せと言う。
そんな真似ができるかボケ。と唸るがいい加減苦しくなってきて、言われた通り『ぺっ』と松田氏の手にまん丸いあんずを吐き出した。