帰ってきたライオン
閑散としたエレベーターホール前、
空気は冷たく無機質で、色で例えるならねずみ色。なぜか心までも冷たくするようだ。
コンクリートの匂いは決していいものじゃなくて、ただ機械的に人を動かしているようにも錯覚させる。
温かい甘酒でも飲んだら自分の周りくらいはピンク色になるのに。
と、またも余計なことを考えていたらポーンといつものエレベーターが到着したことをお知らせする音が耳に入り、無意識に一歩足を前に踏み出した。
人、多め。もしかしたら私が乗ったら『ぶー』って重量オーバーの音が鳴って恥ずかしい思いをするかも。
でも、これを逃すとややしばらく待たなければならないような気がする。
というわけで、無理に乗る。
よし、音はしなかったが振り返ることができない。扉を背にしてみんなに向かって立っている。
ミーティングさながらこちらも恥ずかしい。
閉まりかけの扉にスカートを挟まれないように意識しながらもぞもぞしていたら、後ろで、
「ちょっと待って!」の声が聞こえ、ボタン前に立っていた女性が慌てて開くボタンを押した。
後ろを振り向こうとしたときにバランスを崩し、持っていた書類の束を落としそうになり、
「うそ!」と言うや否や、左足を一歩後ろに引き、しゃがみこんでキャッチした。
「あぶねー」目の前の女性も隣の男性も手伝ってくれて間一髪落とさずにすんだ。が、次の瞬間、
「うわっ」
私のおしりに鈍い衝撃、ドンと音がして何かにぶつかったのが分かった。
直後、ばさばさと聞き覚えのある紙の音。
床に散乱した紙の音だ。オフィスで数回披露したことがあるのでこの手の音はすぐに分かる。
紙を拾わなきゃと急いで振り返ろうとしたけど、やはり人に挟まれて動けない。上半身だけなんとかひねって後ろを向けば、
誰もいない。
いや、扉が閉まる前に下から呻く声が聞こえ、男の人が尻もちをついて床に散らばった書類を確認している姿が視界の片隅に入ったが、無情にも『ぶ-----』と時間オーバーをお知らせすブザー。
「す、すいません! ほんと、ごめんなさ……」
言い切らぬうちに、紙を拾う手伝いもできぬまま鉄の扉は閉まり、すーっと下階へ滑り落ちていく。
クスクスと笑われる声があちらこちらからちらちら聞こえ、すみませんとまた小声で謝り頭を下げた。
視線が痛い。
早く目的の階へついてくれと思いながら下を向いたまま心を落ち着けた。