帰ってきたライオン
「いやいやなんでもない。行こう行こうなんでもない」
両手を顔の前で振りつつ急いで車を降りた。以外に寒い。
「寒いね」
「ほんと成田さんおもしろい。早く入りましょう」
「そうしよう、もう無理」
「はいはい」
車の中が暖かすぎると外に出た時に感じる外気温はそれ以上に感じることがある。まさに今がそれだ。
さすがに土曜日だけあって家族連れや買い物客でごった返している。そこかしこを子供が走り回っていた。
とりあえずお目当ての水とパンは最初にゲットし、それからミルクとシリアル、ヨーグルトも買う。
ウォールナッツマフィンも忘れずに購入し、体に悪そうな着色剤たっぷりのケーキをカートに入れようとしたところ、あえなく却下をくらった。
安売りになっているスパークリングとビールも箱買いした。
忘れずにトイレットペーパーも入れ、野菜の類と肉の類もカートに入れる。
食器売り場に来た時にケーキホルダーを見つけ、買おうよと申告してみたものの、
「こんなもの置く場所がどこにあるんですか? 台所に置いたって仕方ないでしょ、こういうのはもっと広いうちでキッチンと呼ばれるものがあるところに置くから様になるんです。
古ぼけたおばけのいるアパートの台所には似合わないと思いませんか?
そのうちこの中は砂糖やらラー油やら塩コショウやら爪楊枝やらの置き場所になります」
と言って、私の申告はこれまた却下。
そう、うちでは買いたいものは松田氏に事前もしくは直前申告が課せられていた。
うちでは彼が大蔵省なので、御伺いが必要になっている。
気を持ち直し、お菓子を買おうよという申告には一瞬で同意してくれて、チョコレートにチップス、ナッツを追加。
ここに限らずいつもなのだが、支払いはいつも松田氏がする。お金を出そうとしても、
『成田さんが出す必要はないですよ。俺が一緒にいるんだから俺が払うのが当たり前でしょ』
の一点張りだ。
たまにちょいちょい草食系じゃないような発言をしたりして、おや? と思うところもある。
とりあえず、当たり前じゃないと思うよと言ったものの、都合の悪いことには耳を閉じる癖があるのか聞こえないふりをする。
結局、松田氏がすべてを支払ってしまうのでいつもなんだか悪いような気持ちでいっぱいになる。
そこで編み出した私の方法、
帰りがけにちょっとしたものを買って二人で食べる。
ここにはピザや焼き鳥のようなものが出入口付近に売っている。最後の最後まで買わせようという魂胆なのか、買い物でお疲れでしょう、ささ、軽く一口といった優しさからなのかは考えないことにする。
今回は、買い物の疲れを癒そうよということで、初めのうちそんなもの買わない、もったいないでしょ。という松田氏もピザの味にやられたのか今では『いいよ』と二言返事で付き合ってくれる。
ここは私が払うから! と強く出たのをきっかけに(ここのも松田氏が払おうとした)それ以上何も言わなくなり、私に払わせてくれた。