帰ってきたライオン

日曜日になっても羊君は帰って来なかった。

そろそろサザエさんが始まる時間だというのに何一つ連絡も無く、更には帰ってきた形跡すらない。

夜中にしれっと帰ってくるのかと思っていたけれど、松田氏もそう思っていたからこそ羊君の布団も敷いたのに、奴は帰って来なかった。

昨日言ってた『男だから云々』を全面的に押し出してフォローしても、一緒に住んでいたら最低限連絡の一本もするのが当たり前、いや、思いやり、はたまた礼儀ではないか。

否、あいつに礼儀は通じない。
昔から自己中心的な個所が多方面に見受けられる。そんな奴に人を思いやる心なぞわかるはずが、


「無い!」

「は? 何言ってんですかいきなり。何かなくしたの思いだしたんですか? 探します?」

「いやいやごめんなんでもない。そして何も無くしてない大丈夫」

いつもの日曜日さながらこたつに入って茶をすする。
心の声が三次元に出てきてしまったことに恥じる。
松田氏はみかんを食べながら長年続く長寿番組を見て朗らかに笑み、それを見て私も笑み、ほっこり安心してみかんに手を伸ばした。


「はいこれ」

「なに?」

「みかん、暖めて柔らかくしたからこっちの方が甘いですよきっと」

「ありがと」


自分で甘くなるように揉んでいたみかんを躊躇することなく私に差し出してくれたけど、なんでそんなにやさしいんだろう。私はこれに甘えていていいんだろうか。

と、良心の呵責に悩むこと数秒、みかんを手に取り、皮を剥いて一房口に入れ、


「甘ーい」


簡単に幸せに包まれるという超絶単純な女、それは私、成田美桜です。と、大々的に自己紹介をしたい気分になる。

みかん一つで羊君のことをすっかり頭の中から消し去っていた矢先、どんどんとドアを叩かれる音が部屋中に響き渡り、口に入れたみかんをそのまま飲み込んでしまった。

死ぬ。

胸のあたりをとんとん叩き、茶を一気に流し込んで喉を無理矢理通し、


「まじ、死ぬかと思ったんだけど」

「みかんを喉に詰まらせて死ぬなんて聞いたことないですよね。ある意味新鮮てか斬新」

と、やや間違った回答を披露した松田氏は言いながらこたつから出て玄関に向かおうとしていた。
もちろん私も後にならう。


玄関開けて羊君だったらまじでぶっ飛ばすと心に決めてウォーミングアップがてら右腕をぶんぶん振った。

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