帰ってきたライオン
まじで死にそうになっていたのはみかんを喉に詰まらせた私じゃなくて、玄関先でぶっ倒れそうになっている羊君だった。
着ているスーツは汚れ、髪の毛はボサボサ、顔やら腕やらにところどころ傷ができているし血がついていた。
「たっだいまー」と、ちゃらけて言ってはいたものの、うちへ帰ってきた安心感からか、ふっと糸が切れた人形のようにそのまま玄関へ崩れ落ちた。
松田氏は脱力中の羊君を抱え、ひきずるように家の中に引き込み、私は松田氏に言われた通りにこたつを松田氏の借地に押しやり、いつもの羊君の場所に布団を素早く敷いた。少々雑だけどまあいいだろう。
台所のテーブルの椅子にひとまず羊君を座らせると、ぐったりしている彼の履いている皮靴を手際よく脱がせ、スーツを脱がせ……
「こういう状態の時は女には見られたくないものなんですよ。俺がやりますから成田さん布団にタオル敷いてください」
「タオル? なんでタオル? よくわからないけどわかった」
あれだ。羊君の体なんて昔々の遠ーい昔に見慣れているんだけど、こんなに気を遣う松田氏はやはり繊細なのかもしれないと余計なことを思ったりしながら布団に大きめのタオルを敷いた。
台所でなにやらざわざわやってるけどきっと松田氏に何か考えがあってのことだろう。
しばらくするとパジャマを着た羊君を抱きかかえるように松田氏が入ってきて、布団に優しく寝かせた。その上に掛け布団をかけてやる。
「てか、羊重い!」
呼び捨てか。今まで『羊さん』だったのがすでに格下げ扱いだ。
「熱は無いようなので、金曜日からどっかふらふらしてたのかもしれませんね。で、疲れてぶっ倒れたとか。ま、なんにせよ帰ってきてからのこれでよかったですよ」
「そうだよね。道端で倒れてたりしたら大変なことになるもんね。ひかれちゃってるかもしれないし。よかったっちゃよかったよね」
「ですね。夜中にきっと水飲みたいとかって起きるはずですから枕元に水置いといてあげましょう」
「うん。てかなんで松田氏ってそんなにやさしいの?」
「ふつうです。水持ってきてください」
「わ、わかった」
「ね、そんなにやさしくないでしょ」
遠くでそんな声が聞こえたけど、私はどういうわけか聞き流していた。
きっと羊君のことが心配だったんだと思う。