帰ってきたライオン

松田氏の借地に寄せたこたつを台所に押しやり、布団を並べて敷く。

あまり遅くまで起きていても羊君が起きてしまうと思って時計が明日にならないうちに早々に布団に入ることにした。

上を向いて静かに寝ている隣の羊君が気になる。
静かだから呼吸してないのかと思って焦って近くで眺めるとちゃんと呼吸をしていて安心する。

「大丈夫ですよ。ぐっすり寝ちゃってるだけだから」

「そっか、そうだよね」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

松田氏は布団を頭までかぶって壁の方を向いてしまった。
絶対気を使っている。

いつもだったら寝る前になんだかんだ笑いあえるような冗談の一つも言って、二人で笑っているのを羊君がやきもちを焼いて私を蹴っ飛ばしてきたり、

松田氏の上に乗っかったり、真ん中に無理矢理割り込んできたり、

はじっこから言葉を被せてきたりしてうるさくて松田氏に怒られるというのが寝る前の恒例行事になっているのに。

何か言うのかと思ってしばらく松田氏の方を向いていたけれど、とりたて何か言う気配はない。

ふーっと天に向かってため息をつく。
天に向かって吐いた唾は重みをまして自分に返ってくるという。

いや、唾じゃなくため息だったけど、これが台風になって帰ってきたら泣きそうになるのでひとまず拝んで神様に謝っておく。

おやすみなさいと天に向かって言い、松田氏に顔を向けて同じように小さくおやすみなさいと言い、私は羊君の方に顔を向けた。

横顔だけど寝ているときは昔と変わらない。

みんなが騒ぐほどいい顔とは思えないけど(自分のことは棚上げ)好きになった人だ、年月が経って若干年取ったなって思える顔にはなってきたけどそれだって渋みが増したと言えれば聞こえがいい。


言葉さえ発しなければそれなりなのにと思う。
静かに寝ているその顔を見てたら昔のことを思いだしてくすっと笑いがこみあげてきた。

こんなになるまでどこで何をしてきたんだろう。
きっと聞いても答えやしないだろうけど、でもちゃんと帰ってきてくれてよかった。

今度は帰ってきた。

と、思うとやはり少し安心した。
安心した半面、壁を向いてしまっている松田氏になんともいえぬ罪悪感も感じていた。

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