帰ってきたライオン
翌日の朝は何事もなかったように羊君の蹴りをくらわせられた。
だいたい朝は羊君の蹴りで起こされ、
「痛いよ! 朝からふざけんな」から始まり、
「遅いんだよ早く起きろ。こたつが入れないだろ」と言い合いをしているところに台所で朝食を作っている松田氏が、
「あ、二人とも起きました? 起きたなら早く支度してください。朝御飯もうできますよ」
という鶴の一言で喧嘩は収まり、どっちが早くバスルームを取るかの競争が始まる。
なんとも小学生じみた行動もこれももういつものこと。
いつのまにか三人居てふつうといった関係になりつつあったわけだが、昨夜の羊君の行動で少し、ほんの少しだけ亀裂が入りそうな気配にもなった。
バスルームは羊君に先に取られた。
昨日のことをなんて聞こうかと腕組みをして足をとんとん踏み鳴らして羊君を煽り、頭の中でことばを組み立てていたけれど、肩をとんとんとされて我に返る。
「だめですよ聞いちゃ」
小声で耳打ちされて、「なんでだめなの」と思わず聞き返していた。
羊さんが自分で言ってこないかぎり聞かないほうがいいと言われたが、なかなかに腑に落ちない。そんな私を見透かしてか、
「出ていかれてもいいなら聞いてください」
にこりと微笑まれ、そのまま松田氏は火にかけてあるフライパンのところへ戻り、私は水を出しっぱなしにしてバスルームの磨りガラスの中で鼻歌まじりに準備をしているぼやけた羊君に視線を戻した。
松田氏のアドバイスそのまま、朝食の席で何か言うのかと思いきや羊君はなーんにも言わず、いつも通りにおしゃれな格好で、いつも通りにチャラくて、いつも通りに香水のにおいをはべらせて、食事が終わるとすぐに、
「じゃ」
と、キザに片手をあげ、いらないウィンクなぞ残し、出掛けて行った。
松田氏と私は顔を見合わせてため息をひとつ、
「私たちもそろそろ支度をして行きましょう」
「そうだね、じゃ、私先に出るね」
「はい、それじゃまた」
これもまた恒例のこと。
羊君が最初にうちを出て、そのあとに私、最後に松田氏が家を出る。
三人そろって仕事に行くことは一度も無い。
いまだかつて、たったの一度もない。