帰ってきたライオン
共同生活も何ヵ月か過ぎた頃にはもうこの生活がふつうになっていた。
相変わらず羊君は週末になるといなくなるわけだが、どこで何をしていたのか問いたださない私たちに気を許したのか、当たり前のようにいなくなる。そしてこれまた当たり前のように何も言わない。
いったい何がしたいんだかよく分からない。
もしかしたらただ単に自分のうちに帰りたくないだけで、他に泊まるあてが無いという理由からうちにいるのかもしれない。
たまに思い出したように私に絡んできては松田氏にしかられて言い合いになるってことでうまく調和を合わせているようにさえ思う。
平日に限り買い物に行くのは三人一緒。
カートは松田氏が引き、私と羊君は欲しいものを手当たり次第に持ってきては松田氏に却下をくらいどんよりするという繰り返しの図が出来上がっている。
なんだかんだ理由をつけては買ってもらおうとするわけだが、財布の紐と家計を握っている松田氏は常に『松田の管理ノート』なるメモ帳を持ち歩いていて、必要なもの、買うものは全てそこに記入されている。
言わば家計簿のようなものだ。
が、本当の家計簿は松田氏のパソコンの中にしっかりと収まっている。夜な夜なカタカタカタカタとパソコンとにらめっこしながら傍らには電卓を置いているので、ああ、家計簿つけてるんだなと遠巻きに眺めている。
主婦か?
いや、主夫か?
と、思いたくもなるが、そういうきっちりかっちりしているところは尊敬し、ありがたくも思っている。
とはいえ、人の気持ちを読むのが上手なうえ、手懐けるのも得意なのか、絶妙なタイミングで、
『じゃ、お菓子は好きなの買っていいですよ。なんなりとどうぞ』
と、甘く緩く財布のひもを開いてくれる。もちろん私と羊君は一目散にお菓子売り場に行ってお菓子を吟味するわけである。いくばくか値段の張るお菓子でも、首は絶対に縦に振ってくれる。
お菓子を選んでいるその間、松田氏は笑みを浮かべていつまでもその様子を眺めている。さながら日向ぼっこをしている猫に等しい。否めて、ほっそい目で冷たく見ている猫かもしれないが、この場合においては前者であると思い込むことにする。
そう、私たちの関係はとても『変』だ。
しかし、三人はそれで居心地もいいし自分の役割をこなしているのでうまくいっているとも言える。
家賃は私が払う。もちろんそれは自分の家だから。
ライフライン全般は松田氏。
食費もこれまた松田氏。これは居候しているんだからこのくらいはするとの申し出による。
部屋の掃除は羊君だ。羊君に至ってはお金は一切払わないが、朝起きた瞬間からコロコロが始まり、テレビの後ろ、本棚の上、はたまた冷蔵庫もまるっと徹底的に綺麗にする。
羊君が掃除をしている間は私たちは台所で待機をさせられる。窓は全開、玄関のドアも開けっ放しで掃除を始めるので冬はとても寒かった。