ベストフレンド
第13話

 愛美が新人として入店以来、愛美を店内指名するお客の比率が多くなっている。新人という物珍しさから増えるのは分かるが、その指名率が安定しており、新人ということではなく実力で顧客を獲得しているのが垣間見えた。 当初は心配そうに見守っていた司だが、高校時代に見せた愛美の器用さと優秀さを思い出し、その心配が杞憂であったと認識する。むしろやっとトップに手が掛かるかどうかというランクまで来て、最強のライバルが登場したと危機感すら覚えている。
 技術的な点は当然ながら、メニューとその価格、顧客名と職業等、一度覚えたことはほぼ確実に記憶しており、日本史百三点の実力を遺憾無く発揮していた。加えて持ち前の明るさと天然キャラの受けも良く人気が高い。離れたテーブルから愛美を見守るが、学生時代とは違い全く目が合うこともなく、きっちりお客に向き合っている。
(うかうかしてたらあっという間に抜かれてしまいそうね……)
 降って湧いた意外なライバルの出現に、司は嬉しくありつつも同時に危機感を感じていた。

 閉店後、アフターに誘われている愛美を横目にタクシーを拾いに通りへ足を運ぶ。寮生活とは違いマンションを購入してからは、送迎ではなくタクシーで帰宅している。アフターついでにお客に送ってもらうキャストもいるが、住所バレからのストーカーという最悪コンボが炸裂すると厄介なため司は一度もそれをしていない。特に賃貸でなく持ち家なぶん住所バレだけには細心の注意を払っていた。
 大通りでタクシーを拾おうと見ていると、手を振りながら駆け寄る愛美の姿が目に入る。愛美が入店以来、店内外で身内とバレないよう職務以外では極力関わらないにしているが、今日は珍しく店外で声を掛けてくる。
「瑠美お姉様~待ってー!」
 駆け寄り肩で息をする愛美に呆れる。
「こんな大通りで源氏名を呼ばないで。はしたないでしょ?」
「ごめんなさい。私、まだ地球に来たばかりで右も左も分からないんです。ペコリーナです~」
 変な言葉遣いで頭を下げられ司は唖然とする。
「いろいろ勉強するのはいいけど、萌ちゃんの宇宙系口癖までは真似なくていいと思う」
 キャストの中でも様々なキャラ設定を持った者がおり、基本的な清楚お嬢様系、気品高いお姉様系、一部に人気なロリータ系やポッチャリ系、天然で宇宙の果てからやって来た宇宙星人系という設定の女性もいた。
 これらはあくまで設定であり、バックで待機中は素であったり、また正反対な性格の子も多数いる。司はこの中ではスタンダードな清楚系を演じており、愛美はまだキャラを模索している最中だ。
「私、宇宙系の萌ちゃん気に入ってるんだけどな。もちろん、目標はナンバーワンの彩奈さんだけど」
「私を飛び越えてナンバーワンを狙うなんて、随分と大風呂敷広げたわね。私のヘルプが定位置だなんてオチは止めてよ?」
「大丈夫。私バツよりお酒強いし、トークだって負けてないと思う」
 挑戦的な笑みをで司を見つめる。
「わざわざ挑戦状を叩き付けに来たの? だったらもう帰って良いかしら?」
「待って、まだ用事済んでない」
「何?」
「今日からバツと一緒のマンションに住みたい」
 予想もしていなかった問いに少し驚くも司は落ち着いて答える。
「もちろん構わないわ。お父さんに保証人になって頂けなければ購入出来かなかったマンションですもの。でも、どうして? お父さんやお母さんと喧嘩でも?」
「ううん、単純にバツと居たいから」
「二十二歳にもなってまだ私と一緒に居たいの? そろそろユウに代わる彼氏作ればどうなの?」
「もしかして、迷惑?」
「迷惑だなんて思わない。一生涯の親友でしょ? でも、あまり仲良くなりすぎて、ユウみたいなことになるのは嫌よ。彼氏より私と居る方がいいだなんて、今後口が裂けても言っちゃダメ」
「バツは相変わらず説教するね。そこが良いところだし愛を感じるんだけど」
「はいはい、馬鹿言ってないで帰るよ、里奈嬢」
 タクシーを止めると司と愛美は仲良く後部座席に座りマンションへと帰宅した。


 一ヶ月後、フロアにはキャスト全員が揃いざわざわしている。それもそのはずで、今日は給料日ということで皆浮ついていた。銀行振込みが多い昨今、業界らしく現金手渡しで支給される。基本的にランクが一番低い者から支給され、最後にはいつもナンバーワン彩奈が受け取っている。
 愛美にとっては社会人初めての給料となる今回の受給日を、司は戦々恐々として面持ちで見守っている。四十人近くいるキャストの中、入店したばかりの愛美の名前は未だに呼ばれない。
(マナは新人御祝儀相場で今回は基本値が高い。それとは別に実力で稼いだ分も結構あったと思う。ピンドン入ったの何回も見たし……)
 冷静を装いながら離れた席に座る愛美を見ていると、ナンバーテンで里奈と声が掛かり周りはどよめく。
(初入店で一桁に迫る十位!? 有り得ない……)
 司は驚きを隠しつつ、笑顔で給料袋を受け取る愛美を見つめる。百万円までは無いものの、厚さから推察するにそれに近い額が支給されている。愛美が全体のパイを平均的に取ったためか、司の支給額は少し下がるも、ランクは維持され面目躍如と言った面持ちで愛美を見る。そこへ環が肩を叩き司を呼ぶ。
「環姉さん、どうかしました?」
「里奈ちゃん凄いわね。あの娘、大化けするわよ。どんなマジック使ったの?」
「いえ、基本的なことを教えて、後は全て里奈ちゃん任せです。恐らく天性のモノだと思いますが、接客については完璧かもしれません。私もうかうかしてられませんよ」
「参ったわね。貴女が入店してきた私は貴女を驚異に感じたけど、その貴女が驚異を感じる程の相手が里奈ちゃんか。私や彩奈姉さんの時代もそろそろ終わりかしら?」
「そういうのは後輩からランク抜かれてから言って下さい。私、未だにお二人に追い付いたことないんですから」
「いや~、そうかもしれないけど私も姉さんも引退の頃合いよ? 私は今年二十六、姉さんは二十七だし。見た目は姉さんの方が若いけどね」
「自虐ですね」
「まあね。姉さんはどう考えてるか分からないけど、私は里奈ちゃんを見て世代交代をハッキリ感じたわ。多分、続けても来月いっぱいかな。店は瑠美と里菜ちゃんがいれば安泰よ」
「環姉さん……」
「一応、他の人に内緒にしといて。じゃあ、銀行行ってくるわ」
 サバサバしながらも気遣いに長ける環を司は尊敬しており、一抹の寂しさを覚える。この翌日、引退を予告していた環ではなく彩奈が即日引退を表明し、倣う形で環は当月末引退を表明した。

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