ベストフレンド
第14話
繰り上がる形ではあるが夢であったナンバーワンとなった司は、歴代のナンバーワン恥じることないように気を引き締めナンバーワンになったことで更に接客に磨きが掛かる。愛美の方は持ち前の実力を遺憾無く発揮し、一桁上位ナンバーを維持していた。
入店当時は司を越えてナンバーワンになると息巻いていた愛美も、司が持つ四年間の経験差と培った人脈の高さを目の当たりにし、ナンバーワンの領域がどれだけ到達し難いかを知る。
二年後、愛美が法事のため休んだ日、予想もしていなかった人物から指名を受ける。譲り受けたナンバーワンの座は、愛美はもとより誰にも明け渡さず今日まで来ており、今回のように新規の指名は予約待ちでハードルが高い。テーブルに付き挨拶を交わすと、ヘルプは自然に下がる。二人だけになったのを確認すると、スーツ姿の男性は笑顔で話し掛けてくる。
「久しぶり、元気だった? 姉さん」
「久しぶりね、守。よくここが分かったわね」
「うん、偶然なんだけど就職した会社の歓迎会で前に来て、ナンバーワンの女性がどんな人かって見たら、姉さんそっくりでびっくりした。それで、フロアを見たら愛美さんも居て、間違いなく姉さんだと確信したんだ」
「誰かに話した?」
「しないよ。迷惑かけたくないし」
「ありがとう」
笑顔で感謝の言葉を述べた司を見て、守は頭を下げる。
「ごめん!」
突然謝罪し頭を下げる守を冷静に見つめる。
「何に謝ってるの?」
「姉さんを守れなくて、ごめん」
「ああ、高校生のときの話?」
「うん」
「仕方ないわよ。貴方もまだ高校一年生だったんだし、恨んだりしてないわ」
「でも、高校生三年生で家を出て凄く大変だったんじゃ?」
「いいえ、本当の両親の元、幸せな生活を送ってきたわ。今だって夢が叶って毎日が充実してる。家を出て心の底から良かったと思ってるわ」
「本当の両親?」
怪訝な表情で守は問い掛ける。
「家を出た後、私には家族が出来たの。そういうことだから、貴方が心配する必要も謝る必要もない」
「そうなんだ。姉さんが幸せって言うんなら僕は安心だ。本当に良かった」
「私の方はいいとして守の方はどうなの? 就職したって言ってたけど、仕事や家庭は上手くいってる?」
「仕事は始まったばかりで戸惑うことばかりかな。家はあまり上手くいってない。姉さんが家を出てから、父さんと母さんが仲悪くなったし。僕も嫌になって今は一人暮らししてる」
「そう、でもそれが正解よ。貴方の実のお母さんだから悪く言いたくはないけど、事の善悪を判断出来る人ではなかった。私は今後も関わるつもりはないし、会う気もない。勝手にすればいいと思う」
「うん、僕もそう思う。恥ずかしい話だけど、あの人はおかしかった。姉さんに接する態度なんて常軌を逸してた。ホントにごめん。息子として代わりに謝りたい」
「謝らないで。守は無関係だし、代わりに謝られても本人に謝られても許すつもりないから」
淡々と言いつつもハッキリ謝罪を否定する。
「過去のことはもういいから、少しは楽しい話をしない? ここは男女が夢を語り合う場所よ?」
「そうだね。せっかく久しぶりに話すのに、暗い話題ばかりじゃ楽しくない。じゃあ、僕からいろいろ聞いてもいい?」
「ええ、もちろん」
「彼氏は出来た?」
接客中でもなかなかされない、ストレートな質問に驚きながらも、頭の中ではユウの顔が浮かぶ。
「彼氏はいないわ」
「えっ、こんなに綺麗なのに? 営業トークでしょ?」
「いえ、本当よ。嬢がモテる職業と思ったら大間違い。私達は楽しく会話して、楽しくお酒を飲んで貰うことを本分にしてるの。会話の流れや交流した時間の長さで、恋仲になることもあるでしょうけど、それは一般の女性も同じでしょ? 彼氏持ちの嬢はおそらく半分もいないと思うわ」
「そうなんだ。知らなかった」
「守こそ彼女はいないの?」
「いない歴イコール年齢かな。気になる人はいるけど」
「そう、守は優しい子だから誰と付き合っても上手くいくと思う。自信持っていいわ」
「うん、ありがとう。姉さんの方こそ彼氏作らないの?」
「私? 出会いないもの」
「いやいや、毎日が出会いでしょ?」
「分かってないわね。嬢の仕事って昼夜が逆転してるのは知ってるでしょ? つまり、男性と出会うのって必然的に職場くらいしかない。そして、来店する男性のうちフリーでかつ好みに合う確率なんて相当低い。八割くらいは既婚や彼女持ちで、あわよくば嬢を口説いて一夜を共にしたいと思ってる。私達はその欲を利用しつつ気分良くさせ、散財して貰うように振る舞う。男性側もそれを分かった上で会話し、様々な手を使って口説く。私達はそういうことを踏まえた前提で相手をし、駆け引きしながら日々を送ってるの。これを聞いても良い彼氏、出来ると思う?」
キャストの実情を知り、守は何も言えず唖然とする。司は溜め息をついて切り出す。
「世間が考えてるほど軽い世界じゃないのよ。お酒も飲むし不規則な生活で身体にも良くないし、大金を得ることで自分自身を見失うこともある。苦手なタイプのお客様にも笑顔で向かい合わなければならないし、親密になりすぎるとストーカー被害に遭うこともある。店内での確執やいじめ、熾烈なランキング争いも絡んでくる。ハイリスクハイリターンがこの世界の実情なのよ」
「姉さんは凄い世界で戦ってるんだね。相変わらずカッコイイや」
「カッコイイかしら?」
「小学生五年生から高校までの短い時間だけど一緒に暮らして、姉さんの強さとか聡明さには憧れてた。母さんとの戦いでも一歩も引いてなかったし、姉さんの泣いてるところとか見たことないもんね」
「家族が出来てからはだいぶ涙腺緩くなったわよ?」
「へえ、そうなんだ。でもそれは良いことかもね。泣ける場所、弱くなれる場所があるってことだし」
「そうね。私自身こんなに感情豊かになって戸惑う部分もあるけど、幸せだし良いことだと思ってるわ。ところで守、お金は大丈夫なの? 私を指名するってことがどういうことか分かってる?」
「分かってるよ。指名料三千円、三十分一セット五千円、ドリンク二千円、おつまみ千円。三十分で一万円跳ぶナンバーワンキャバクラ嬢」
「分かってるなら話が早いわ。延長付かない三十分以内に帰りなさい」
「了解。あっ、最後にアドレス交換してもいい? 離れてたけど、これからも僕にとって姉さんは姉さんだから、いろいろ話したりしたい。ここだと話す度に一万円取られちゃうからね」
「もちろんいいわよ。今持ってる携帯は営業用だから、後で折り返しプライベート用から連絡するわ。分かってると思うけど、本アドや電話番号は誰にも教えちゃダメよ? 貴方の家族にも」
しっかり念を押した上で司は営業用携帯でアドレス交換する。帰宅後、プライベート携帯から連絡し、守は嬉しそうな声で感謝の言葉を述べていた。