ベストフレンド
第15話

 守とアドレス交換してから数日後、久しぶりの休暇を取り実家へ帰宅する。愛美は外せない顧客との同伴が入っているため、熟睡することでしっかり充電していた。
 昼前に帰宅すると美紀子がいつものように笑顔で出迎える。マンションの購入をきっかけにして、さらに親密になった両親には必ず月一会うようにしていた。司の幸せが親孝行だと言われたものの、額面通りにその言葉を受ける訳にもいかず、頻繁に元気な顔を見せることを恩返しと考え帰宅するようにしている。
 昼間の時間ということで邦夫はおらず、美紀子と世間話や仕事の話をする。流れで彼氏の話をしていると、美紀子から祐輔の名前が飛び出る。
「そうそう、ユウ君が研修医を辞めたのは知ってた?」
「いえ、医学部を卒業したのは知ってましたけど、その話は初耳です。どうして辞めたんですか?」
「それが分からないの。マーちゃんからの又聞きだから。ただ、凄く悩んでたとは言ってたわ。司ちゃんもユウ君の友達でしょ? ちょっと様子見てみたらどうかしら?」
「分かりました。早速連絡取ってみます」
 美紀子に促され司は携帯電話の履歴から祐輔の番号を選択する。しばらくコールすると通話状態になる。
「もしもし? ユウ? 大丈夫?」
「バツ。もうマナから聞いたのか……」
「うん、正確にはマナのお母さんだけど。大丈夫? 何があった?」
 司の問い掛けに祐輔は黙り込む。
「黙ってたら分からない。何とか言って」
「会いたい」
「えっ?」
「今すぐ会えないか?」
 突然の要求に戸惑うものの、断る理由もなく司は承諾する。
「分かったわ。どこで待ち合わせる?」
「じゃあ、中目黒駅前で」
「分かった。今から行くわ」
 電話を切ると美紀子に事情を説明し、待ち合わせの駅へ向かう。仕事の癖でつい安易にタクシーを止めようとして自重する。普段からタクシーを使うことに慣れてしまうと、辞めた後が大変という話を環から聞いており、プライベートでは極力タクシーを使わないようにしていた。
 電車を乗り継ぎ待ち合わせ場所に到着すると、祐輔は既に待っており手を挙げる。目の前に来るとすぐに祐輔を観察する。少し痩せて目の下にクマが出来ているものの、差し当たって不健康そうには見えない。
(病気かと思ったけどそうではなさそうね……)
「元気ないみたいけど大丈夫?」
「ああ、まあな」
「どこで話す?」
「あっ、すぐそこ俺の住んでるマンションだから」
「そうなんだ。じゃ、マンションで。飲み物とか買ってく?」
「家にあるから大丈夫」
「分かったわ、行きましょう」
 言葉を受け祐輔は無言で歩き始め、司も黙ってその後をついて行く。発言通り五分ほどでマンションに到着し、室内に招かれる。部屋はこざっぱりしており、几帳面な祐輔らしさを表していた。ポシェットをガラステーブルの上に置き、黒のレザーソファに座ると、祐輔は正面からいきなり抱きしめてくる。
「ちょっと! ユウ、止めて! 大声出すよ!?」
「バツ……、好きだ……」
 告白されるも身の危険を感じそれどころではない。
「放して! ホント怒るよ!?」
「バツ……」
 肩越しから聞こえる祐輔の震えた声に疑問を抱く。それと同時に抱きしてくる腕も震えているのが分かる。
(おかしい。やっぱり何かあったんだ……)
 抱きしめられながら聞くのもためらわれるが、祐輔の精神状態を考慮して諦める。
「ユウ。何かあったのね? このままでもいいから話して」
 司の言葉は聞こえているはずだが、祐輔は震えたまま一言も言葉を発しない。抵抗することなくしばらくじっとしていると、祐輔はやっと口を開く。
「ごめん……」
「いいよ。ユウが落ち着くなら、このままでいい」
「ありがとう」
「うん」
 少しの静寂をまたぎ、司は再び強く抱きしめ始める。
「んっ、ユウ、ちょっと痛い……」
「生きてる」
「えっ?」
「バツは生きてる」
「意味が分からないんだけど?」
「俺は……」
 そう言うとしばらく黙り込み、司を両腕から開放しソファから離れる。司はホッとしつつも訝しげに祐輔を見る。
「何があったのか話して。話してくれなきゃ私は何も言えない」
 ソファの前に立ったまま祐輔はゆっくり話し始める。
「俺、人殺した……」
「えっ!?」
「正確には、オペで救えなかった。俺が担当医じゃなかったら救えたはずの命だった……」
 殺人の告白かと一瞬焦った司だが、医療中のことと知り一安心する。
「私には詳しく分からないけど、それは殺したことにはならない。倫理的にも法的にもね」
「同じだよ。俺が救えなかったことに変わりない。半年も前のことなのに、目の前で亡くなった女の子の姿が今でも忘れられない。女の子の両親から受けた言葉も……」
 どんな言葉を掛けられたのか容易に想像がつき、司の胸は苦しくなる。
「俺はもうメスを握れない。握りたくない。怖いんだ、目の前で人が亡くなって行くのが。お笑いぐさだよな、こんなヘタレが医者になろうとしてたなんて……、でも、俺……」
 俯いた祐輔の顔からは水滴がポタポタと流れ落ち、ガラステーブルを濡らしている。
「医師になりたかった……、困った人をたくさん救える医師になりたかったよ……、夢が、夢が無くなった…………」
 立ち尽くして泣き続ける祐輔を見て、司は堪らず立ち上がりすぐさま抱きしめる。
「辛かったよね。もっと早く私を頼ってよかったのに。ユウ、貴方は悪くない。悪くないよ、ユウ」
「バツ……」
 祐輔は泣きながら司を再び抱きしめる。司も強く抱きしめつつ、優しく背中を撫でる。泣きじゃくる祐輔を初めて目の当たりにし驚く反面、弱い部分をさらけ出してくれた点に嬉しくもある。
(ユウはいつも我慢してたんだ。私にはマナが、マナには私という弱くなれる場所がある。でも、ユウには無かったんだ。親友とか言いながら、私、全然ユウのこと分かってなかった)
 泣き止むまで司ひたすら背中を摩ってはポンポン叩いて落ち着かせる。五分ほど繰り返していると落ち着いたのか、司から離れて背中を向ける。
「ユウ?」
「ごめん、いろいろとカッコ悪かったな」
「そんなことない。私、嬉しかったよ? ユウの素の顔が初めて見れた気がする」
 祐輔は恥ずかしいのか照れている。
「それに、私のこと初めて好きって言った」
「あっ、うん、すまん……」
「えっ? そこ謝るところ?」
「えっ?」
「えっ?」
 一瞬固まり、お互いに驚き合って笑い噴き出してしまう。
「もう、笑わせないでよ」
「いや、今の間はバツが悪いって」
「何で私のせいよ。もうー」
 笑い合っていると祐輔が口を開く。
「なあバツ」
「ん?」
「ずっと君が好きだった。彼女になってくれないか?」
 真っすぐな言葉と瞳を向けられ、司の心は温かくなっていく。
「私なんかで本当にいいの? 頑固よ?」
「知ってる」
「キャバ嬢よ?」
「知ってる」
「ユウのこと大好きよ?」
「知っ、らなかったな。えっ、マジで?」
「鈍感なんだから、もう……」
 そういうと司の方から抱きしめ祐輔の唇を奪う。唇が離れると耳元で囁く。
「大事にしてよ?」
「ああ、大事にするよ。ずっと」
「うん、ありがと……」
 ずっと近くにいながら遠くに感じていた祐輔が腕の中にいる。初めて出来た彼氏という存在に今はただただ嬉しく、その包まれるような安心感に身を任せ幸せを噛み締めていた。

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