ベストフレンド
第17話

 出勤前までの時間、祐輔との話や今後のことを含め愛美と話す。同棲やキャバ嬢引退の件については愛美にも反対され、しばらく普通の恋人同士の時間を持つべきと諭される。
「それにしても、バツってホント不器用だね?」
「ユウにも同じこと言われた」
 自身で呆れながら呟く。
「いきなり同棲とかどんな男でも引くって」
「分かってます。反省してます」
「宜しい。あっ、話が変わるけど、バツって弟君にここの住所教えたでしょ? 昨日の夕方来てたよ」
「えっ、本当? 迷惑掛けた?」
「ううん、また来るってすぐに帰った。久しぶりに見たけどカッコ良くなってたね」
「なんだろ? ちょっと連絡取ってみる」
 仕事中であることを配慮しメールで用件を問う。返信を受け内容を確認すると司は部屋の時計を見る。
「バツ?」
「今から会いたいって。終業時間には早くない?」
「営業職ならわりと時間に余裕あるかもよ? 会いに行くの?」
「うん」
「止めといた方がいいけどね」
「なんで?」
「ユウのときとは違って今回ははっきり言えるけど、弟君バツのこと異性として見てる。間違いなくね」
 真面目な顔で語る愛美に驚いた顔をする。
「根拠は?」
「昨日ちょっと話したときの反応。ほぼ間違いないと思う」
 愛美の観察力や洞察力は侮れない点があり、司は言葉を失う。
「身内と思ってガード低くなってたでしょ? 会うのはいいけど、その辺ははっきりさせといた方がいい。中途半端にお姉さん的な態度取ってたら後々大変なことになるよ?」
「いや、でも弟だよ?」
「義理でしょ? 向こうはそう思ってないって。義理だから普通に結婚もできるし」
 結婚という単語を聞いて司はドキッとする。待ち合わせ時間が迫り身支度に移るも、愛美は終始距離を置くべきと諭し続け、複雑な気持ちのまま自宅を後にした。昼を少し回った頃、待ち合わせのカフェに守が現れる。営業周りの途中なのか鞄を抱えて小走りでやってくる。
「お待たせ、姉さん」
「うん、大丈夫」
 コーヒーを注文すると司の正面に座る。
「昨日マンションに来たみたいだけど、どうしたの?」
「うん、特に用ってことはなかったんだけど、無性に姉さんと会って話したくなったんだ」
「そう」
「もしかして迷惑だった?」
「迷惑ではないけど、マンションに来るときは一報欲しい。マナと共同生活してるからね」
「ごめん、昨日はたまたま近くに仕事で来てたから。今後から気をつけるよ」
 謝るも穏やかな顔と優しい目つきで司を見つめてくる。マナの話を聞いた後というのもあり、変に意識してしまう。
「で、話ってなに?」
「たいしたことないんだけど、営業先で映画のタダ券貰ってさ。近い休みに一緒にどうかなって」
(デートの常套句ね。ってことはやっぱりマナの言う通り私のことを……)
 当惑する部分があるも、マナのアドバイスが頭を過ぎり、司は単刀直入に切り出す。
「ねえ、守。もしかしてそれってデート?」
 デートという言葉に司は驚いた顔をしてビクッとする。
(これは図星だ……)
「やっぱり、か。いつから私をそういう風に見てた?」
 溜め息混じりに司は言う。守は意表を付かれた形になり戸惑い焦っている。
「あの、その、いつからって言うのは分からない。気がついたら好きだった」
「私、彼氏いるからご期待には添えない。仮に彼氏がいなくても守とは一度家族として過ごした間柄。付き合うなんてことは絶対無いから、そこだけははっきりさせとくわ」
「えっ? 前に彼氏いないって言ってなかった?」
「最近出来たの」
「僕を振るための口実でしょ? 姉さん営業トーク上手だし」
「私が貴方に営業トークなんか使わない。正真正銘本当の話よ。もしかして私のことを嘘つき女みたいに見てない? だとしたら失礼だわ」
「キャバ嬢やってる時点で世間ではそう見られるって」
 守の口から出る心無い言葉に司はショックを受ける。一瞬反論しようと考えるも、冷静に言葉を選んで語る。
「そうね、世間様にはそう思われて当然の職種なのかもしれない。でもね、家族や友達にまで嘘はつかないし、心を許した親しい人にそんな風に見られてたとしたら傷つく。お客さんや第三者にどう言われどう思われようと我慢できるけど、家族や友達は別。守は今、言ってはいけないことを言ったのよ」
 静かながらも力強い言葉に守は怯んでいる。黙り込んでしまう姿を見て口を開く。
「一度は仲良くして家族だった守には感謝してる部分がたくさんある。地獄のようなあの家にいるとき、貴方だけが私と普通に接してくれた。私の為に継母の機嫌を取ってくれたことも知ってる。例えそれが私を特別な存在として想う気持ちから来ていたのだとしても、感謝の気持ちは変わらない。でも、私の尊厳を傷つけた貴方を好きになることはないし、もう会うことはないと思う。さようなら守、今まで姉として慕ってくれてありがとう」
「姉さん……」
 俯き黙り込む守を振り切るように司は席を立つ。守は一言も発することなく座ったまま見送っていた。

 カフェを出ると司は足早に最寄り駅へと向かい中目黒駅行きの列車に乗る。祐輔のマンションに着くと扉の前にしゃがみ込む。まだ帰宅していないようで扉は開かない。俯き体育座りしたまま数時間が経過した頃、祐輔が目の前に現れる。
「バツか?」
 祐輔の声に司は顔をあげる。
「どうした?」
「部屋の中に入れて」
「ああ、ちょっと待って」
 扉が開き玄関に入った瞬間、司は祐輔に抱き着く。
「バツ?」
「泣いていい?」
 唐突の願いながら、いつもと違う司を見て素直に頷く。始めは声をこらして泣いていたが、堰が切れたのか途中から声を上げて泣き始める。祐輔は戸惑いながらも黙ったまま頭を撫でる。ひとしきり泣くと司の方から唇を重ね、あからさまに熱さを求めてくる。祐輔もその想いを感じ取り、お姫様抱っこの状態を取ると、ヒールを玄関に落としベッドに向かった。
 求められるまま抱いた後、祐輔の腕の中で司は呆然としている。何かあったことは明白ながら祐輔は敢えて聞かずそっとする。夜七時を周り司が仕事をサボったことは明白だが、そこにも触れずただ優しく頭を撫で続ける。しばらくぼーっとしていたが、祐輔の顔を見つめると口を開く。
「ねえ、一つ聞いてもいい?」
「いくつでもどうぞ」
「私がキャバクラで働くことをどう思ってる?」
「尊敬してる」
「水商売だよ?」
「あのさ、バツがなんでキャバ嬢になったのか、高校時代になにがあったのか、全部知ってる俺がお前を蔑んだ目で見ると思うか? 普通に尊敬してるっつーの。アホなこと聞くな」
 悪い言葉使いながら祐輔の優しさに触れて、司の瞳からは涙が溢れてくる。
(この人を好きになってよかった。この人が側にいてくれてよかった。私はずっと、この人側にいたい。ずっと、ずっと……)
 泣きながら司は祐輔を抱きしめる。祐輔もそれに応えるように強く抱きしめた。

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