ベストフレンド
第20話
葬儀から納骨まで全て滞りなく済ませた翌日、愛美と司は揃って祐輔のマンションに行く。借り主が亡くなったことにより、この部屋の契約も月末で切れる。司が借り直す形で継続出来ないこともなかったが、愛美の強い希望により部屋を引き払うことになり、午後には片付け専門の業者がやってくる手筈になっていた。
部屋の中をうろうろする司を心配そうに見守るが声は掛けない。少ない残り時間、二人が愛し合った場所を身に受け止めて貰いたいと思う。しばらく見つめていると司の方から話し掛けてくる。
「マナ」
「何?」
「よく見るとこの部屋、私の物ってほとんど無かった。ユウのものばかりだ」
「まあユウの借りてた部屋だからね」
「そうなんだけど、何か私が居た証拠というか、そんなものが無いんだなって改めて思った。本当に私はここでユウと暮らしてたのかなって疑問にすら感じる」
「う~ん、物はなくてもバツの心の中にはしっかり残ってるでしょ? ユウとの幸せな思い出が」
「そうだね。ユウの良いところしか浮かばない。良い思い出だけ残して逝っちゃったから。本当はもっと喧嘩したり、泣いたりして、いろんな思い出を作るんだろうけど、良い思い出しか無い。だから責めようがない。ホント嫌なヤツ……」
司は自嘲気味に呟き窓の外を眺める。二人で並んで見たいつもの町並みが虚しく映る。愛美はその後ろ姿を複雑な気持ちで見つめていた。
業者が荷物を全て回収し家主に鍵を渡すと、引き渡し作業は完了する。引き渡し後、愛美の住むマンションに到着すると、司は力無くソファにうなだれる。愛美が司のみならず祐輔の両親も含め力強く説得し、祐輔の部屋を引き払ったことには理由があった。祐輔との思い出が残る部屋に司を一人残すと、良いことにならないことは明白で、愛美は同じマンションに住むことで司を監視し後追い自殺を防ぐことを念頭に置いている。
温かいコーヒーを入れテーブルの前に置くも、司は全く反応しない。ある程度予想はしていたものの、司が元の元気な姿になるのには相当の時間が掛かると踏む。気晴らしにテレビを付けバラエティー番組を流すも、無感情宜しく、まるで砂嵐の画面を見ているかのような表情をしている。
無理に感情を引き出すことは不可能と判断した愛美は、ただ黙って側に寄り添う。縁を切ると言ってくれたくらいの元気があればと考えるが、それが難しいであろうことは容易に想像がつく。並んでバラエティー番組を見ていると司が口を開く。
「マナ、仕事は?」
「キャバ嬢なら辞めたよ。辞め時をずっと考えてたから、この際って。突然だったから非難轟々だったけど、先月と今月の給料を損害補償として充当という形で折り合いついたから問題無く辞められたよ」
「一千万くらい飛んだでしょ?」
「まあ、そこはご想像にお任せします」
冗談めかして言う姿に司は苦笑する。
「あっ、そうだ。不倫の話、聞いてくれる?」
「不倫? ああ、そういえばマナって女の敵だった。絶縁よ絶縁」
「絶縁はいいから、話聞いてよ」
「言い訳がましいのは嫌よ?」
「最後まで聞いて判断して欲しい。お願い、バツ」
真剣な目を見て司は渋々と言った感じで頷く。
「ありがとう。彼との出会いはキャバなんだけど、最初は普通に話すだけだった。それでだんだん仲良くなって家庭の愚痴を聞くようになった。奥さんと息子さんと三人家族だったんだけど、息子さんは彼に全然懐かなくって奥さんにべったりだった。ちなみに息子さんは小学三年生ね。奥さんと息子さんに散々バカにされつつ生活してたんだけど、ある日その理由が分かったんだって。何だと思う?」
愛美が問い合かけるも司は首を横に振る。
「息子だと思ってたその子は、不倫相手との間に出来た子供だったの。彼と不倫相手の男の血液型が同じだからバレないと思ってたんだろうね。でも同じ血液型も正確に言うと二種合って、結果絶対に生まれない血液型も出てくる。DNA鑑定するまでもなく他人の子供だと分かった彼は二人を家から追い出した。というより奥さんと息子さんは喜んで出て行ったみたい。なぜなら、奥さんは不倫相手の男を愛していたし、息子さんも不倫相手の男が実の父親だと知っていたから」
ここまで聞いただけで胸糞悪くなったのか司は不機嫌そうな顔をする。
「それで更に頭がおかしい点は、追い出したから養育費の支払いと慰謝料をよこせと裁判起こされたの。もうね、開いた口が塞がらないってこのこと。彼は呆れるのを通り越して悲しくなったって」
「そりゃそうよ。随分酷い女も居たもんね」
「うん、ちょうどその裁判係争中に私と彼は付き合うことになってね。今でも私は彼を支えてる」
「そう、不倫にそんな背景があったのね」
「うん、バツの言う通り、裁判が終わって正式に離婚した後に付き合うべきだったと思う。頭では分かってたけど、辛そうな彼を見てたら我慢出来なくてね。ちなみに、今はちゃんと離婚成立して晴れて付き合ってる。今度、バツに紹介したい。この人が私の親友の柳葉司ちゃんです、ってね」
親友という言葉を聞いて司の胸が熱くなっていく。
「マナ、貴女ずるい女ね」
「えっ?」
「そんな話聞かされちゃ、前に不倫不倫って攻め立てた私が悪者じゃない。しかも親友として紹介したいとか、仲直り前提だし。どこまで策士なのよ……」
「悪者だなんて思ってない。バツが前に私に言ったことは正論で間違ってないし、離婚係争中であったとしても肉体関係を結んだら不倫は不倫だもの。私はいけないことをしてたんだよ」
「マナのした行為なんて、その奥様やお子様がした行為に比べれば屁みたいなものよ。そのケースなら裁判も圧倒的に勝ったでしょ? マナは悪くない。この前は私の方が言い過ぎた。ごめんなさい、マナ」
司の謝罪する姿を見て、愛美の瞳には涙が溜まって行く。
「マナ?」
「縁を切るって言われてから今日まで、ずっと寂しかった。ずっと悲しかった。バツは私の半身みたいなものだと思ってたから、ホントに身を裂かれるような心地だった。私の方こそ意固地になっていろいろ変なこと言った。ごめんなさい。バツ、これからもずっとずっと私の親友でいて」
涙を流しながら訴えてくる愛美を見ると司の瞳にも自然と涙が溢れる。司の方から抱きしめると、愛美はその肩で泣き始める。司は笑顔で抱き優しく包んでいた。