ベストフレンド
第21話

 一年後、白いブーケを片手に降りて来る愛美を司は微笑みながら見つめる。彼氏である正樹(まさき)を紹介されてから一年が経過した今日、二人はめでたく式を挙げる。身内だけの小さな式ながら終始笑顔に包まれ、和やかな雰囲気で開かれた。立食パーティーということで、各々は立ったまま自由気ままに振る舞っている。
 少し離れた場所から幸せそうに笑う愛美を見て、司は自分だけが取り残されたような気持ちになっていた。愛美を祝福する気持ちがありつつも、未だユウ失ったことによる心の傷は癒し切れておらず、かさぶたにすらなっていないように思える。シャンパングラスを片手にベンチに座っていると、キャバクラでお世話になった先輩の環が隣に座る。
「久しぶり。元気無いじゃない。元ナンバーワンの瑠美嬢さん」
「ご無沙汰してます」
「何かあったの?」
「いえ……」
「こんなめでたい式で、そんな顔して愛美ちゃんに失礼よ?」
「そうですね……」
 そう言ったきり黙り込んでしまう司を見て、環は司の頭の上に手を乗せる。
「一人で抱えるな。何かあったら私に相談しろ。あんたが入店したときに私が言ったセリフだ。今でもあんたは私の後輩だ。遠慮なく頼りな、瑠美嬢」
 包まれるような温かい言葉に司は泣きそうになる。
「私、最低なんです……」
「どんな風に最低?」
「私は一年前に彼氏を亡くして、愛美にずっと支えられて生きて来ました。ホントはこの式も一年前に挙げられたはずなのに、傷心の私に気を遣って一年も延ばしてくれた。そんな愛美に対して私は……」
 司はドレスの袖口をめくり、手首の傷を見せる。冷静な環の顔色もサッと変わる。
「何度も未遂に終わりました。いつも愛美が助けてくれました。私自身、本当に死にたいと思ってないんだと分かってるんです。でも早く亡くなった彼に会いたいという気持ちと、こんな取り残された気持ちのまま毎日を生きることに疲れてつい……」
 司の絶望的にまで落ち込んだ精神状態を知り環はショックを受ける。それと同時に立ち直らせる方法を頭を巡らせ考える。
「差し支えなければ、その彼が亡くなった経緯を話してくれるかしら?」
 環の問い掛けを受けて、高校時代から亡くなるまでの過程を大まかに話す。話している最中に過去を思い出し辛くなったのか、司は涙を目に浮かべる。全てを聞き終えると環は切り出す。
「二つ程、解決する方法があるわ」
「二つも、ですか?」
「ええ、一つはトコトン身体をいじめ抜くこと。自傷するという意味ではなく、悩む暇がないくらい身体を動かして働くってこと。今のあんたは身体も動かさず部屋に閉じこもってるから、考えが内向きになってしまうの。身体を動かせば心の負担も軽くなると思う」
 環の言葉を司は真剣に聞く。
「もう一つ、これは特効薬よ? 新しい恋をすること。これが最強だから」
 意外な選択を提示され司は戸惑いながらも反論する。
「ユウ以外を好きになるなんて考えられません……」
「最初はみんなそう言うもんよ。無理にとは言わない。ただ、頭の片隅にでも置いとくだけで心の負担は変わってくるから忘れないでおいて、恋という特効薬があることを」
 環の真剣なアドバイスに頷くしかない。二人で話し込んでいるその合間に突然愛美が入ってくる。
「バツ、はい、コレ」
 差し出されるブーケを見て現状を把握出来ずにいたが、環と愛美の笑顔を見て司は素直にブーケを受け取った。


 二週間後、愛美と司が住んでいたマンションを新居とし、新婚夫婦にお邪魔な司はマンションから少し離れたマンションに引っ越す。愛美や環に手伝ってもらい引っ越し終え、まったりしていると環が司の顔に急接近する。
「た、環さん?」
「あんたに一休みする時間なんて無い。はい、コレ。選べ」
 一枚のメモ用紙を手渡され見ると、いくつかの職業が書かれてある。
「これは?」
「あんたの就職先。今日から働ける手筈だから好きなの選べ」
 無茶苦茶な言葉を聞いて愛美も司も唖然としている。
「えっ? 今日からですか? しかも働けるって、面接とか試験とかは?」
「元ナンバーワンキャバ嬢で、学業も優秀なあんたは引く手数多。頼んで来て欲しいってところが多いくらいだよ」
 環の説明に二人共言葉を失う。
「あんたが決めないなら私が決めようか? 一番厳しそうな旅館の女将とかどうだろうか?」
「いやいやいや、ちょっと環さん! 私が決めますから」
「じゃあどうぞ。制限時間は五分です」
「ええっ!?」
 焦りながらメモに目を通す。会社秘書、受付嬢、女将といろいろ並ぶ中、一つの職業が目に止まる。
「環さん。この一番下にある『社長』ってなんですか?」
「呼んで字の如く『会社の長』。つまり起業するってこと」
「私、今日いきなり起業とか言われても無理ですよ?」
「大丈夫。私とあんたの共同出資での社長。つまり、私の会社で私と一緒に働かない? ってこと。会社は既に運営してるから、出向の社長みたいな感じね」
 考えもしてなかったことに言葉を返せずにいたが、愛美が割り込んでくる。
「賛成! それがいいよ。バツって法律にも詳しいし接客は当然ながら完璧。やり甲斐もあって面白いと思う」
「で、でもマナ。私にも心の準備が……」
「じゃあ決まり。保護者の愛美が賛成したんで、多数決で社長に決定。はい、じゃあ今から私の会社に行くよ。気張って準備しなさい」
 最初の主旨も全てすっ飛ばし、愛美と環の意見のみで就職先が決まる。司は半ば諦めの呈でスーツに袖を通していた――――


――二日後、強引に入社させられた司は未だ夢心地でデスクに座る。作業的には輸入雑貨のネット販売に関わる業務となり、忙しくはないが細々した仕事が多く気晴らしにはなる。事務員も司の他に女性が二人いるだけで、そんなに気を遣わないで済む。注文が入らない限り司も動きようがなく、パソコン画面を大人しく見つめる。
 二人もパソコンを眺めているが、忙しそうにキーボードを叩いている。その様子が気になり司は一人の社員である柳原千晶(やなはらちあき)に背後に回る。その姿に千晶も気付いたようで話し掛けてくる。
「これゲームです。飽き時間は勉強でもゲームでもなんでもアリってことになってますんで。新社長が禁止っておっしゃるなら止めます」
「ううん、いいと思う。環さんがそう言ってるんだし。それと私のことは社長じゃなくて司でいいから」
「分かりました、司さん」
 今流行りだと言われたネットゲームの解説を軽く聞き、もう一人の社員である中村梓(なかむらあずさ)に元に行く。
「中村さんもゲーム?」
 話し掛けながら画面を覗くと文字がたくさん並んでいる。
「これはチャットですよ。ネットでおしゃべりです。瑠美姉様」
「えっ!?」
 環以外から聞く久しぶりの源氏名に司はびっくりする。
「お忘れですか? 悲しいニャン。ペコペコ、ペコリーナ」
 頭を可愛く下げる姿を見て司ははっきりと思い出す。
「宇宙系の萌ちゃん!?」
「はい、お久しぶりです。今は真面目に環さんの元でOLです」
「気付かなかったわ。夜と昼とでは随分印象変わるわね。なんで昨日教えてくれなかったのよ」
「環さんからサプライズで脅かすように言われたんです。ごめんなさい」
「やられた。びっくりしたわ、ペコリーナ」
「止めて下さいよ。それ、わりと黒歴史なんですから」
 頭を下げる司を見て抗議する傍ら、千晶が席を立って話し掛ける。
「さっきから話が聞こえてますけど、二人はお知り合いペコリーナ?」
 倣って頭を下げる千晶を見て司は爆笑する。当の梓は顔を真っ赤にしながら千晶を怒鳴りつけていた。

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