ベストフレンド
第4話

 百三点と記載された答案用紙を司は震えた手で持ちつつ凝視する。何度見ても一問の間違いもなく解答されており反論のしようもない。机の前でニコニコする愛美を見て司は溜め息をつく。
「負けた。約束通り友達になるわ。百三点なんて無茶苦茶な答案見せ付けられて、ある意味感動したし。若宮さん、ホントは凄いのね」
「そんなことないよ。暗記モノが得意なだけだし。英数はバツに負けてたじゃん。たまたまだよ」
「いや、これはわりとショックだよ? この点数は一生忘れられない。凄いわ……」
 驚嘆する司を愛美はずっと笑顔で見つめる。
「ねえバツ。今日から晴れて友達でしょ? 何か記念になることしない?」
「記念?」
「買い物とかプリクラとか。ちょうど昼から学校ないし」
「そうね、いい記念になりそう」
「やった! 善は急げ。早く行こ! 早く!」
「はいはい、ちょっと待って」
 楽しげに鞄を提げ教科を後にする二人を祐輔はほほ笑ましく見守っていた――――


――二ヶ月後、クリスマスで町中が浮ついているさなか、愛美は輪を掛けて浮ついている。司と過ごす初めての大型イベントということもあり、テンションの上がり方が半端ではない。期末テストも終わり冬休みを控え、司も開放感で満たされている。
 大量の買い物を済ませると、適当なカフェで一休みする。通りを眺めると心なしか街中はカップルが多い気がする。運ばれたカプチーノに口を付けていると、ニコニコ顔の愛美が話し掛けてくる。
「バツとのショッピング凄く楽しい。青春してるーって思える」
「買い物くらいで大袈裟ね」
 冷静に切り返してみるも、内心は愛美同様楽しいショッピングが出来て心がふわふわしていた。
「バツは相変わらずクールだね。アタシ……じゃなくて、私は毎日バツと居られだけで凄くハッピーなんだけどな~」
 愛実は司と友達関係になってからギャルっぽい言葉は極力避けるようにしていた。髪の毛も金髪ポニーから黒髪ストレートに変えて、司と似たような髪型にしている。これらの行動は尊敬する司に近付き、友達として紹介されても恥ずかしくない相手で居たいという想いからきていた。
「そう言えばマナ、期末テストの結果はどうだったの? また学年一位?」
「まさか。前回はバツと友達になるために頑張っただけ。元々勉強は好きじゃないから、今回のテストはボロボロ。前回の中間テストが、人生で一番勉強した期間だったと思う。できればもう勉強はしたくないかな」
「勿体ないわね。せっかくそんな天才的な頭脳を持ってるっていうのに」
「天才はバツだよ。私は凡人。努力し続けられる人が本当の天才だと思う。私は努力大嫌い人間だから大成しない自信あるし」
「随分と前向きな自己否定ね。でも努力の天才に敵わないというのは真理かも。たまには良いこと言うわね」
「やった! バツに褒められた。今日は最高の一日だ」
 終始ニコニコする愛美と居ることで、司自身も笑顔の回数が増える。最初は不安に感じた愛美との付き合いも、始まってみれば楽しく癒されるところが多く、口にしないながらも友達になれて良かったと感じていた。
 カプチーノを飲みながら窓の外に目をやると、カップルや家族連れが楽しげに街を闊歩している。その姿に司は自分自身を重ね胸がチクりとする。
「マナ」
「ん?」
「明日のクリスマスイブ、私の家に遊びに来ない? 彼氏とか家族とか他に予定があったら別にいいけど」
「えっ!? いいの? 行く行く! 絶対行くよ! 家族なんて空気だし彼氏なんて作る気もないし、一年中バツの為にスケジュール空けとくよ!」
「一年中は空け過ぎよ。それと……」
 祐輔の件を口走ろうとして司は思い留まる。
(恋愛にまで口出しするのは筋違いよね……)
「それと、クリスマスプレゼントとかは用意しなくていいからね? 友達なんだし気を遣わないように」
「了解。私からしたら明日のイブにバツと一緒に居られること自体がプレゼントだけどね」
 喜色満面の愛美を見て司も自然と笑顔になっていた。

 クリスマスイブ、しっかりとプレゼントを用意した愛美を司は苦笑いで迎え入れる。リビングに入ると義弟の守にプレゼントケーキを手渡し喜ばれていた。継母の遥(はるか)も愛美に対しては愛想を振り撒くが、司のことはいつものように無視していた。愛美もその違和感を肌で察しているようで、少し居心地悪そうな顔をしている。
 父親の恭一(きょういち)が帰宅すると、出来立てのオードブルに箸を伸ばしながら食事が始まった。恭一も愛美には優しく話し掛けるが、実子である司には触れもしない。守だけはちょくちょく話し掛けているが、司は軽く相槌を打つ程度になっている。ほとんど喋らず黙々と食べる司を見て、愛美は我慢出来ず思い切って口を開く。
「あの、司さんのお母さんに一つ聞いていいですか? お父さんもですけど、なんで司さんを腫れ物を触るように無視するんですか? 司さんが可哀相です。それでも親ですか?」
 突然の発言に他の四人全員が唖然とする。
「ちょっ、マナ! いきなり何を……」
「バツに聞いてない。黙ってて」
 言葉を遮り珍しくキレる愛美に司は何も言えなくなる。
「なんで無視するんですか?」
 重ね掛けてくる言葉に遥は戸惑いながら答える。
「無視なんてしてないわ。今日は若宮さんがいらしてるから緊張してて……」
「愛してますか?」
 遥の言い訳がましい言葉を遮り端的に聞く。
「司さんを娘として愛してますか?」
 愛美の核心を付いた質問に、遥は黙り込んでしまう。その姿を確認するとスッと席を立ち上がる。
「バツ、私帰る。失礼を承知で言うけど、こんな人たちと食べるディナーが美味しいわけがない。ごめんなさい。失礼します」
 一礼してリビングを退室する愛美を呆然と見ていた司だが、急いで追い掛けると玄関で靴を履いているところで呼び止める。
「マナ、ちょっと待って!」
「何?」
「私の部屋で話そう。っていうか話したい。お願い」
 誘われるまま部屋に入り二人きりになると、愛美の方からすぐに切り出してくる。
「バツ、お母さんと仲悪いの?」
「アレはお母さんじゃない。父の奥さん。平たく言うと継母。弟も義理の弟。マナと似たような家庭よ」
「あっ、知ってたんだ私の家庭のこと。ユウから聞いた?」
「うん。ごめんね、出会った頃から知ってて、境遇似てるなって思ってた。今日マナを呼んだのは一緒にイブを祝いたいのと、私が置かれている状況を見て知って貰いたかったの」
「どおりで、あんな態度になる訳だ。お父さんも継母に気を遣ってバツと話さない。弟君だけは純粋無垢で話してくれる、か。やり切れないね」
「もう何年もこんな感じだから慣れてるわ。中学生まではお婆ちゃんに育てられたし、私には元々母親がいないと思ってる。だけど、さっきマナが両親に吠えてくれたときは嬉しかった。私が心の奥に押し込めてた思いを言ってくれたような気がした。ありがとう……、って、えっ!? マナ?」
 愛美は真剣な表情をしたまま涙を流している。
「ちょっと、なんでマナが泣くの?」
 司は焦りながら問い掛ける。愛美はポツリと言う。
「辛かったよね」
「えっ……」
「バツは凄いよ。私と同じような境遇なのに、全て自分の中に抱え込んで我慢して生きてきてる。私なんか自暴自棄になって周りにも家族にも迷惑を掛けて、惨めな自分をさらけ出してきた。こんなにも私は可哀相なんだ、だから誰か構って! 誰か私を慰めて!って。でもバツはそんな想いも口にせず、他人に迷惑を掛けることもなく、全て飲み込み我慢してる。それがどれだけ辛いことか、私には痛いほど分かる。だから、そんなバツを見てるだけで涙が止まらない……、辛かったよね。泣いていいんだよ?」
 愛美の言葉がゆっくり頭に入って来ると、中学校に入学してすぐに遥と衝突したことが脳裏を過ぎる。喧嘩の最中、いらない存在と言われた。父親がいないときは食事も与えられなかった。守ってくれる者はいない。自分自身が強くなり、一人で戦えば良いと思っていた。
(辛い? この私が? そんなことはない。いつだって私は強く生きてきた。家事も自分のことは自分で全てやった。進路も全て自分で決めた。病気や怪我も自力で治した。私が強かったから辛さなんて感情は一切なかったんだ。でも……、なんで……、どうして、涙が…………)
 愛美の言葉を聞き終えた瞬間から、司の目から大粒の涙が零れ落ちる。
(なんで涙が出るの? なんで涙が止まらないの? 私、どうしちゃったんだろ……)
 自分自身でもコントロール出来ない感情に、司は戸惑いながらも涙は一向に止まらない。その姿を見た愛美は真正面から司を抱きしめ、頭を優しく撫でる。
「我慢しなくていいよ。私といるときは、辛くなったら泣いていいから。私は貴女の親友なんだから……」
 優しく語り掛けられる愛美の言葉が、司の心底にあった感情の扉を破壊する。
(そうか……、私は寂しいことや辛いこと、その全てに蓋をし見て見ぬフリをしていただけだったんだ。本当は弱くなれる場所が、我慢しなくていい場所が欲しかった……)
 その刹那、司は愛美を強く抱きしめ堰を切ったように大声で泣き始める。愛美はむせび泣く司の頭をずっと優しく撫で続けていた。

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