ベストフレンド
第6話
八月、既に過酷な受験勉強に入っている司・祐輔の両名を尻目に、愛美はつまらなさそうに漫画を読む。愛美を残し海外旅行に出掛けた若宮家はだだっ広いだけで寂しく、二人を呼んでの勉強合宿を敢行した。合宿とは言っても愛美の中では遊びの感覚があり、ガチで勉強ばかりする二人にいささか辟易している。かと言って勉強の邪魔をする訳にもいかず、ただ静かに漫画を読むしかない。ソファでゴロゴロしている愛美が少し気の毒に感じられ司はペンを置く。
「マナ、息抜きに三時のおやつにしようか」
「うん! ホットケーキの材料用意してるから、一緒に作ろ!」
司の息抜き発言で元気になった愛美は、司の手を引いてキッチンに向かう。料理については司も覚えがあるが、愛美はそれ以上の腕前を持っており関心する。本人は自覚していないのかもしれないが、スポーツ万能、学業優秀、料理上手という様々な点から立派にお嬢様の要件を満たしていた。
(なんでも卒なくこなすこの器用さって、実は凄いスキルなのかも。ちゃんと目的意識を持ったら、将来大化けしそうな器量よね)
手際よくホットケーキを作る愛美を見て、その才能に少々嫉妬する。
午後の勉強も終わり、晩御飯の準備をと席を立ちキッチンに向かうと、エプロン姿の愛美が目に入る。バンダナを三角巾にようにして被り、完全な料理人スタイルに見える。テーブルには既に料理が配膳されており、後は温かいスープを出せば良い状態になっていた。
「あっ、バツお疲れ様。ご飯出来てるよ」
「ありがとう。ねえ、マナ。これ全部マナが作った?」
テーブルに並ぶフランス料理の如き数々に、恐る恐る聞いてみる。
「うん、暇だったから本を見ながら作ってみた」
(恐ろしい子! この言葉はマナにぴったりだわ)
後から来た祐輔も料理を見て感心していたが、愛美の多才っぷりは昔から知っていたようで司ほど驚いていない。美味しい食事と入浴を済ませると、それぞれに割り当てられた客間で就寝の準備をする。部屋で服を畳んでいると扉がノックされ祐輔の声が掛かる。
「ちょっと話があるんだけど、入っていい?」
「どうぞ」
身嗜みをチェックすると扉の鍵を開ける。祐輔も寝る直前だったようでパジャマ姿を見せる。
「どうしたの? 急用?」
部屋に招き入れながら問い掛ける。司がベッドに座ると祐輔は離れた椅子に座る。
「急用ではないんだけど、今くらいしか話せないと思ってさ」
「何?」
「柳葉さん、進路相談のときマナのこと好きかどうか聞いただろ?」
「うん」
「答えはイエスだよ」
突然の答えに驚くも、予想が当たり内心複雑な想いが交錯する。
「どうしてこのタイミングで告白?」
「いや、まあ、いろいろ……」
言葉を濁す祐輔を司は怪訝な様子で見る。
「私に何か協力して欲しいとか、そういうこと?」
「まあ、平たく言うとそうかなるかもな。マナ、好きなヤツとかいる?」
「いない。彼氏要らない派とはよく言ってるけど」
「だよな。告白しても彼氏なんかよりバツの時間を取る、って言うのが目に見える」
「よく分かってるわね。多分そう言われるでしょうね。で、私に後押しして欲しい訳?」
「いや、う~ん、ぶっちゃけ、どうしていいかを教えてくれ」
苦笑いで頭を掻く姿に司も笑顔になる。
「難しいわね。相手があのマナじゃね」
「俺的には、バツの存在がネックなんだけど。マナの中じゃ、彼氏よりも大事な存在って感じだろうからな。あっ、バツって呼んで大丈夫だった?」
「いいよ、もう違和感ないし。私もユウって呼ぶから」
「OK。話を戻すとマナの中にある俺への想いが、バツより上……とは言わないまでも、せめて同じくらいにはならないと、告白したところで無駄だと思ってる。バツは一体どうやって、殻に閉じこもったマナに心開かせたんだ?」
祐輔の問いに出会ったときの事件を要約して話す。援交のことは知っていたものの、具体的な話として聞いてしまうと、あまりいい顔をしない。
「つまりあれだ、マナの中じゃバツは大人に立ち向かうスーパーヒーローみたいな位置付けな訳だ。俺、追いつける自信ないわ」
「そうかしら? まだ告白したことないんでしょ? 一度はダメでも何回も告白することで、意識させることは出来るかもしれないわ。少なくとも幼馴染のユウを嫌いになることはないでしょ」
「だと思いたいんだが、アイツ凄い天然だからなぁ。正攻法が通用しないんだよ。困ったことに」
「言えてる。天才なのかおバカちゃんなのか、計れないこと多いもの」
「小さい頃から知ってる俺からしたら、天然バカ一択なんだけどな」
二人で笑いながら話していると、扉の隙間からじっと覗く愛美が目に入る。
(うわっ! マナに聞かれてた!)
「ま、マナ。今のは冗談よ!?」
急いで扉を開けるも、愛美はぶーたれている。
「どうせ私はバカですよ。バカだから金髪だったし……」
「何言ってるの? 学年一位取ったマナがバカな訳ないじゃない」
「二人してバカにして笑ってた……」
「あっ……、うん。その点は、ごめんなさい。冗談が過ぎたと思う」
頭を下げる司を見て祐輔が割って入る。
「悪かった。下らない話を振ったのは俺で、悪いのはバツじゃなく俺なんだ。怒るなら俺だけにしてくれ」
祐輔の言葉に愛美は目を見張る。
「今、バツって呼んだ。私だけの呼び名なのに……」
「ちゃんとバツに許可もらったんだけど、まずかったか?」
「別に……」
不機嫌の度合いが更に増したようで、愛美の顔からは余裕が消えている。
(この顔はまずい。グレてた頃の目つきだ……)
「雪村君。私、もう寝るから部屋出て行ってくれる?」
司の有無を言わさない語気に気圧され、祐輔は挨拶をして部屋を出ていく。そして、何も言わず立ち去ろうとする愛美の腕を強引に掴むと無理やり部屋に引き込む。
「ちょっとバツ、痛いから離して!」
ベッドに無理矢理座らせると、司は笑顔を作り口を開く。
「今夜、一緒に寝よっか」
突然の問いに愛美は目を丸くするが、すぐに顔を赤くする。
「えっ、あの、いいの?」
「マナが嫌じゃなければ」
「嫌な訳ないでしょ! 超嬉しい! あっ、しまった、久しぶりに超って言っちゃった……」
「私も、超嬉しいよ、マナ」
司の笑顔で愛美の顔は紅潮しつつもニコニコする。布団に入った後はお互いの昔話や将来の夢を楽しく語り、話している中で愛美は笑顔のまま寝てしまう。ホッとしつつも祐輔と愛美の距離が離れ、反対に自分との距離がより近付いた感があり、複雑な面持ちで可愛い寝顔を見つめていた。