ベストフレンド
第7話
高校生最後の夏休みが終わり受験を控え、教室内もピリピリした空気に包まれている。司もかなり真剣な表情で向き合っており、愛美もそれを察して大人しく見守っていた。
夏休み合宿が開けて間もなく祐輔は愛美に告白しだが、歯牙にも掛からず予想通り撃沈する。以降、機会を窺って好意を寄せるものの関係はほとんど前進しない。愛美曰く『同い年の兄妹みたいな感じ』と評してあしらっていた。
一方、司と愛美の関係は深くなるばかりで、愛美の視線が熱過ぎて戸惑う時が何回かあった。あまり口に出して言いたくはなかったが、夏休みが終わる頃、意を決して聞いたことがある――――
――いつものように愛美の部屋で勉強をし休憩中でのこと。
「ねえマナ、ユウを振ったのって本当?」
「本当だよ」
「なんで?」
「恋愛対象に成り得ないから。ユウは幼馴染であり家族みたいな感じだし。でも、嫌いって訳じゃないよ。優しいし頼りになるし」
「そう。ちなみにどんな男性が好み?」
「頭が良くて、頼りがいがあって、優しくて、冷静で、心が強くて、カッコよくて、可愛い人」
「条件付け過ぎだから」
「そうかな? 割と近く居たりして?」
意味深な目で見つめてくる愛美を見て司は切り出す。
「マナってさ、まさか私のこと、そういう目で見てないよね?」
「そういう目って?」
「恋人的な目っていうか……、異性というか、性的というか……」
「ああ、レズ的なものってこと?」
「私がオブラートに包んで言った意味全く無いし。そうよ、どうなの?」
「全くないよ。普通にイケメン好きだし」
「そう」
「でも、もしバツが望むなら拒まないよ」
「いやいやいや、無いから!」
「何焦ってるの? 冗談なのに。バツってば可愛い」
ニコニコしがら見つめて来られ、司は顔を赤くした――――
――つい数週間前の出来事を思い出し、司はペンを休め教室内の愛美を見る。愛美はずっと司を見ていたようで、目が合うと笑顔で小さく手を振ってくる。少し戸惑いつつも軽く手を振り返すと、再び問題集に目を落とした。
その放課後、急用で早退した愛美の席を眺めつつ教室を出たところに祐輔が待ち構えている。夏休み合宿以降から頻繁に勉強する仲になっており、今日も学校の図書室で勉強することになっていた。
放課後の図書室はわりと人が多いものの、勉強組と読書組がしっかり住み分けられており、司達が勉強しているテーブルに他の生徒はいない。テーブルに向かい合う形で勉強をしていると祐輔が話し掛けてくる。
「あのさ、マナにまたフラれたんだが、どうにか出来ない?」
唐突な問い掛けに司は苦笑する。
「どうにも出来ないわね。マナ頑固だもの」
「結局諦めないとダメってことか……」
溜め息をつく祐輔を見て少し心苦しくなる。愛美が祐輔を受け入れない一番の理由が、自身の存在であることは理解していた。
「今は時期が悪いだけだと思う。私とマナが知り合ってまだ一年くらいだし、マナは恋人より友達との時間が楽しくて仕方ないのよ。私も同じような気持ちだし」
「じゃあ、どんな男から告白を受けても、バツもマナと同じように断るのか?」
「そうね。私の場合は受験に集中したいから無理かな。例え告白してきた相手が好きな人だったとしてもね。案外、ユウの受験勉強を邪魔したくないから、マナも告白を拒否してるのかも」
「そう言われたら俺も納得するんだが、マナの場合は本人に受験生の自覚がない上に、気を遣ってくれてる感じでもないんだよな。告白断りながらもカラオケにはしっかり誘いやがるし」
「マナに受験生の自覚が無いのは同意。まあ、マナならちょっと勉強すればどこでも通るだろうし問題はないでしょ」
「マナに問題無くても俺には問題ありあり。勉強も恋愛も上手く行かないからな。もうこの際、バツに乗り換えようかな?」
「えっ?」
真顔でじっと見つめられ司はドキッとする。
「冗談でしょ?」
「どうだろうか?」
「冗談だろうと本気だろうと構わないけど、さっきも言ったように受験終わるまでは誰とも付き合わないから」
「じゃあ受験終わったら付き合う?」
祐輔から語られる冗談とも本気とも取れる言葉に司は戸惑う。
(どう返すべきだろう。冗談なら笑って済ませるけど、本気だとしてもマナがダメだったから単純に私だなんて節操がない。受け入れる理由はない、か……)
「ごめんなさい。マナとの関係を悪くしたくないし、ユウとは付き合えないわ」
「そっか、結局マナとバツはお互いが一番大事ってことになるな。もうお前ら二人付き合えば?」
祐輔の言葉で司は夏休みのことを再び思い出し顔を赤くする。
「私に百合属性ないし、マナにも無いから。そもそもこんな話を図書室でさせないでよ。恥ずかしい……」
「まあまあ、それは冗談だから真に受けるなって。でも、バツと付き合いたいっところは半分本気だよ。バツは精神的に凄い大人だし、頭の回転も早い。付き合ったら凄く気を遣ってくれそうだからな」
半分本気という言葉が引っ掛かり司は即座に切り出す。
「半分なの?」
「えっ?」
「付き合いたいと考えている相手に対して、半分本気だなんて失礼だと思う。誠心誠意、全部本気で当たるのが筋だと思うけど? まさか、マナへの告白も半分本気なのかしら?」
不機嫌な態度で口を開く司に祐輔は焦る。
「悪い。言い方悪かったよ。さっきの発言は取り消す。マナへの想いは全部本気だよ」
「私はどうなの?」
「正直、上手く表現できない。バツが言うように、マナとの関係も絡んでくるし。でも、バツがいい女だなっていうのは出会った当初から感じてたよ」
「たらしな発言ね。結局二股願望ありありじゃない」
「それは違う。俺がマナと付き合っている状況で先の発言なら、たらしなナンパ野郎だけど、今は誰とも付き合っていない。マナと付き合おうがバツと付き合おうが自由なはずだ。もしマナと付き合っていたら、さっきのような発言はしない」
「どうかしら? マナと付き合っていても、私と付き合うチャンスがあったら手を出すんじゃないの?」
「出さないよ。俺ってそんなに信用ないか? マナのことは本気で好きだ。でもバツへの想いはマナとは違う。どちらかというと尊敬とか敬愛に近い。もちろん異性としても魅力的だけど、その視点はマナの方に向いてる。決して軽い気持ちで言ってないよ、マナにもバツにも」
真剣に語るも司の顔色は変わらず、冷めたような目つきで祐輔を見ている。祐輔も言い方は悪かったとはいえ、後ろめたい点はなく身じろぎしない。しばらくの沈黙を破り、祐輔が席を立ち勉強道具を片付け始める。
「これからは別々に勉強しよう。その方がお互いのためにいい」
片付け終えるとそう言い残し、祐輔は図書室を後にする。残された司は何も事も無かったかのように、教科書に目を通し始めていた。