ベストフレンド

第8話

　司と祐輔が距離を置くようになって数日、愛美はその違和感にやっと気がつく。いつもなら二人の会話に割って入って挨拶もしていたが最近はそれが全くない。あまりに不可思議な態度に愛美は司に向かって問い掛ける。
「間違ってたらごめんだけど、もしかして、バツとユウ喧嘩してる？」
「してないよ。お互いの勉強を邪魔しないようにしてるだけ」
「それじゃ、挨拶しない理由にはならないよ。明らかに雰囲気おかしいもん。隠し事しないでちゃんと言って。親友でしょ？」
　親友という単語を持ち出されると司も答えざるを得なくなる。仕方なく図書室での会話を話すと、愛美はおもむろに席を立ち祐輔の席の前に立つ。固唾を飲んで見ていると、いきなり祐輔の顔を両手で掴み唇で唇を塞ぐ。司はもとより教室内の誰もがその突然の行動に驚き固まってしまう。長いキスを終えると愛美は祐輔に向かって口を開く。
「今この時点から私とユウは恋人よ。今後バツに変なこと言ったら許さないから。言い寄るのも当然禁止。分かった？」
　愛美の問いに祐輔は呆然としながらも頷く。
「よろしい。じゃあ、これからも仲良し三人組継続ね。バツとも仲良くするのよ？」
「ああ、分かった」
「ん」
　祐輔の返事を聞くと愛美は再び司の前にやってくる。
「はい、解決」
　笑顔で端的に報告する愛美を見て司は苦笑した。

　放課後、図書室に向かうと定位置に祐輔が座っている。テーブルを挟んで前に座ると、鞄から勉強道具を取り出す。しばらく何も話すことなく問題集に向き合っていたが、司の方から切り出していく。
「おめでとう、念願叶って今日から彼女持ちね」
「素直に喜べねえよ。あんだけの人前でディープキスにマナから強引告白だぞ？　男の俺は形無しだよ」
　やれやれと言った感じでおどける祐輔を見て、司は噴いてしまう。
「確かに、あれじゃ完全に主導権マナだし、今後尻に敷かれるのが見え見え」
「ま、元々マナには振り回されっぱなしだったけどな。相変わらず無茶苦茶なヤツだよ」
「でもユウとしても結果オーライで、また仲良し三人組復活でしょ。結局マナの手の平って感じね」
「敵わねえな」
「同感」
　図書室だというのを忘れ、二人は同時に笑い合ってしまう。周りの生徒はあかさまに白い目で二人を見ている。
笑い落ち着くとユウの方から話し掛ける。
「なあバツ。この前は感情的になってちょっと言い過ぎた。すまなかった」
「ううん、私の方こそちゃんとユウの気持ちを考えず一方的だった。ごめんなさい」
「じゃあ、お互い様ってことで、忘れて水に流そうか」
「賛成」
「ＯＫ。前の件は無かったことにしよう。それにしても、マナには本当敵わないな」
「ええ、勉強も含め私はきっと何一つ敵わない。マナは私を尊敬し慕ってくれてるけど、本当はそんな器じゃない。尊敬されるべきは、人の心を思いやれるマナのような人物なのよ」
　司の意見を聞いて祐輔は頷く。
「ユウ、マナを大事にしてね」
「ああ、もちろん」
　決意の篭った祐輔の瞳を司は頼もしげに感じていた。


　一月、試験を間近に控えた深夜、断続的に吹きすさぶ雪降る道を司は一人歩く。足には何も履いておらず、裸足のまま雪のアスファルトを歩く。司自身どこをどう歩いたのか定かではないが、気がつくと愛美の家の前に立っていた。司の家から直線距離で五キロはあり、裸足で踏まれた雪はじんわりと赤く染まっている。
　玄関口のインターホンに指をかけるも、深夜一時過ぎということもあり、押すことはためらわれる。しばらく悩むが結局押さず、門の前でしゃがみ込んでしまう。
（このまま朝まで居たらマナが見つけてくれるかな。それまで私が生きてられるんだろうか。こんなところで死んだら、マナにいっぱい迷惑かけちゃうだろうな。ごめんね、マナ……）
「マナ……、マナ…………」
　目を閉じ門に寄り掛かったまま、愛美の名前を呟く。容赦なく降り敷きる雪が司の長い黒髪を白く染めていく。手足の感覚は既になく、肩から腰に掛けて体温が無くなっていくのが分かる。
「マナ、貴女に会えて、私は幸せだった……。人の心を取り戻せたまま死ねるんだから……、ありがとう、マナ……」
　寒さと眠さで意識が遠退きそうになった刹那、門が内側に開き、司はそのまま敷地の中に倒れ込む。抱き起こされ意識が無くなると同時に、愛美の泣き叫ぶような声が聞こえた――――


――二日後、意識を取り戻した司の目の前に居たのは愛美で、それと同時に抱き着いてくる。一瞬現状把握に時間が掛かったものの、記憶を辿り理解する。
「マナが助けてくれたの？」
「そうだよ。本当に危なかったんだから！」
「そう、心配かけてごめんなさい」
「バツの馬鹿！　バツが居ないと私、生きていけないんだから……」
　抱き着いたまま泣き始める愛美を見て、司の心は温かくなる。
（私のために泣いてくれる人がいる。これって凄く幸せなことなんだ。知らなかった……）
　包帯が巻かれた手で泣き止まない愛美の頭を撫でていると病室に祐輔が入ってくる。意識を取り戻した司を見て驚くも心底喜んでいた。医者の診察後、体調に配慮しつつも三人で話していると、遥と守がノックもせずに入ってくる。祐輔は保護者と判断し平然としているが、愛美は顔色を変え、司と遥の間に立ちはだかった。
「何かご用ですか？　司さんの義理のお母さん」
　回りくどい言い回しに祐輔はすぐに違和感を覚える。遥も愛美の敵愾心を理解しているためか意に介さない。
「医療費が勿体ないから退院させに来たのよ。そこをどいて」
「医療費は私が持ちます。今すぐ出て行って下さい」
「あらそう、じゃあお任せするわ。それともう必要ないでしょうから、貴女の部屋の物は全て捨てたから、もう帰ってこなくいいわ。元々貴女の居場所なんて無いんだけど」
　遥の言葉に愛美がキレそうになった瞬間、祐輔が間に割って入る。
「ここは病室ですから、速やかにお引き取り下さい。どうぞ」
　手で促すように誘導すると遥は司を一瞥してから退室する。司は平然としたままその姿を見送る。
「バツ、大丈夫？　あんな人の言うこと気にしちゃダメだよ」
「心配いらない。あのくらい朝メシ前だし、たいしたことないわ」
「バツ……」
「ただ、マナにはこれ以上迷惑かけられないから、すぐ退院する。今まで掛かった費用は後で必ず返すわ」
「はぁ、何言ってんの？」
　厳しい顔に豹変すると愛美は言い返す。
「完全に治るまでは私が退院させない。退院したければ早く治すか、私を殺して出て行って。それ以外は認めない」
「マ、マナ？」
「医療費？　はっ、それがなんぼのもんよ。金持ち甘く見るなよ？　バツは身体を治すことだけ考えとけばいいんだよ。返事は？」
　出会った頃のヤンキー口調になる愛美に、司も祐輔も圧倒される。黙っていると愛美がキレる。
「返事！」
「は、はい」
　大声で怒鳴られ、条件反射で司は返事をしてしまう。
「宜しい。今日から……、というか三日前からだけど、私も病室に泊まるから、治るまでずっと一緒よ。逃げようなんて思わないでね？　バツの居場所は、私達の傍なんだから」
　一転、笑顔になる愛美を見た瞬間、司の目から涙が溢れる。
（アイツが私の居場所なんて無いって言ったから、救うために敢えてキレるふりをして気遣かってくれたんだ。私の居場所はずっと近くにあったんだ……、マナ……）
「マナ……、マナ、本当にありがとう……、そして、ごめんなさい……」
　涙を拭きながら司は何度も何度も礼を言う。愛美と祐輔は嬉しそうに微笑みながらその涙を優しく見守っていた。