ベストフレンド
第9話
退院の日を迎え、司は明るい表情を見せる。荷物をまとめる愛美の後ろ姿が頼もしく感じられ心が温かくなる。一週間の入院中、愛美は学校を全て休み、有言実行つきっきりで司の傍にいた。介助がいるような病体ではなかったが、ずっと愛美が傍にいることで、身体のみならず心の傷も癒された。
あの日何があったのか一言も聞かないところも愛美らしく、司は心底愛美の優しさに包まれる。退院後どうしたら良いのかを聞くと『若宮家に迎え入れる準備が既に済んでいる』と即答された。断れないことも無かったが、愛美の語気からはそうはさせない雰囲気が出ており素直に首を縦に振る。
若宮家に到着すると母親の美紀子(みきこ)から歓迎されリビングでお茶を誘われる。一息つくと夏休み合宿で使った客間に案内され、この部屋が司の部屋だと言われ戸惑う。夏休み合宿では簡素なベッドに机やテレビが設置されている程度だったが、今目の前に広がる部屋は可愛くデコレーションされ、ベッドからカーテンまでピンク基調で決められ、女の子らしさ全開の雰囲気となっていた。
豪華な夕食を三人で食べていると父親の邦夫(くにお)が帰宅し、頭を下げながら司を大歓迎する。お世話になっている側だと恐縮するも、愛美を非行から立ち直らせ若宮家を円満にした英雄とされており、美紀子が大歓迎していた理由も同時に理解した。入浴後、ベッドで愛美と並んで座り雑談する。入院中から気になっていたことだが司は思い切って訊ねる。
「マナ、あの日のこと聞かないのね?」
「聞かないよ。死ぬほど辛いことがあったなんて、言われなくても分かるし。でも、バツが話すことで楽になるのなら聞くよ」
「マナ、優しいのね。じゃあ、お言葉に甘えて胸の中にある毒を吐かせて」
「うん、全部吐いて。私がきっちり受け止めるから」
笑顔で頷く愛美を見るだけで心が熱くなる。
「ありがとう。じゃあ、話します。あの日、私はいつものように図書館で受験勉強をしてた。本番まで一週間切ってたからね。義母とは相変わらず仲悪くてギスギスしてたけど、大学受かれば後は自立してあの家から出て行けると思って堪えてた。特待生だと入学金から学費まで全て免除だし。家ではまともに勉強出来ないから、図書館が閉館してからは、ファミレスで遅くまで勉強してた。そして、家に帰ったら……」
嫌な記憶を思い出したのか司は言葉に詰まる。
「バツ、無理しなくていいよ?」
「大丈夫、話させて。家に帰ったところからね。家に帰ったら、私の部屋の物が何も無かった。服も本も、お婆ちゃんとの思い出の品も。私が高校生活中、バイトで貯めた貯金すら義母に全て取られてた。口論になって義母を突き飛ばしたら警察呼ばれた。あること無いこと罵詈雑言を言われた。父親はずっと黙ってた。あの家に私の居場所は無かった。着る服も無いし貯金も無い、思い出や存在理由すら無くした私は、靴も履かずに家を飛び出してた。雪の降る街をあてもなく歩いてたら、いつの間にかマナの家の前に来てた……」
司の瞳からはいつの間にか涙が溢れる。
「ここで死ねるのならいいと思った。私から人間らしい感情を取り戻してくれたマナのすぐ近くで死ねるなら、って。インターホンは押せなかった。迷惑をかけたくないのと、もう生きる気力も無かったから。病院で目が覚めてマナの顔を見たとき嬉しかった。私のために泣いてくれて嬉しかった。私のために怒ってくれて嬉しかった。私の居場所だと言ってくれて嬉しかった。退院するまでずっと傍にいてくれて嬉しかった。退院した後も、そして今も、傍にいてくれて心から感謝してる。ありがとう、マナ。貴女は私の親友です」
泣きながらも幸せそうな笑顔を見せる姿に、愛美も泣きながら司を正面から強く抱きしめる。二人でワンワン泣きじゃくった結果、その声に心配した美紀子が顔に白いパックをしたまま部屋に突入し、一瞬にして部屋は明るい笑いに包まれていた。
二ヶ月後、卒業証書を片手に三人は教室内で歓談する。卒業式からお別れホームルームも滞りなく終了し教室内には三人しか残っていない。
「結局、三人バラバラの道に進むことになったな。一番寂しいのはマナだろ?」
「当たり前でしょ? バツと同じ大学に行くつもりだったんだから……」
納得はしているものの愛美は恨めしそうに司を見る。
「マナは頭いいし絶対大学出とくべきよ。将来必ずプラスになる。私はお水の道で天下取るわ」
「バツがキャバ嬢って、俺、未だに信じられねえよ。ホント有り得ん進路だわ」
「ねぇ? 私も止めたんだけど全然言うこと聞かないのよ。自立自立ってオウムみたいに繰り返してさ。自立なんて今時レッサーパンダでもやるっつーの」
「それは自立違いだから。私とレッサーパンダを比較しないで。それに、マナから受けた恩を早く返したいからね。自分のスキルを職務内容と照らし合わせ、総合的かつ効率的に資金を稼ぎ大成するに、キャバ嬢が一番良いと判断したのよ」
「そんな判断でキャバ嬢やってるヤツなんていねえよ。コンピュータか」
「とにかく、私はもうキャバ嬢になると決めた。ユウは医者になる。マナは……、何か夢あったっけ?」
「あっ、ヒドイ! まるで夢が無い女扱い。ちゃんと夢あるもん!」
「初耳。何?」
「長生き」
「それは『夢』じゃなくて、『目標』というのよ?」
「冗談だよ。夢はね……」
愛美の口から語られた遠い未来の夢に二人は唖然とするも、その夢が温かくも愛美らしく司も笑顔で同意した。