僕らのはなし。①


「用件だけお話しします。
人にはそれぞれ背負って立つ世界があると思っています。
うちの純は将来世界を背負って立つ人間だと思っております。
私自身もそうなってくれるよう、母親として最善を尽くしたいんです。」
「そうですよね。」
「うちの子も、将来は世界を飛び回るピアニストになってくれたらと微力ながら尽力しています。」
「息子さんともこれからも仲良くさせていただけたらとも。」
「そうじゃないんです。
馬の育て方はご存知ですか?
良い餌をあげて、環境も整えてあげる。
でも、甘やかしてはいけない。
一番大事なのは、馬の成長に有害なものを調べ、徹底的に除去する事。」
「えっと…つまりはどういう事なんですか??
うちの子が、息子さんにとって有害だって言いたいんですか?」
「ご理解いただけて幸いです。
時田。」
「はい。」
伊崎のお母さんが呼ぶと後ろに立っていた眼鏡の男の人が返事をして、持っていたアタッシュケースを机に置いて開けた。

中にはかなりのお札の束が…。


「あのこれは…。」
「3000万円ご用意しました。」
私と家族の困惑を余所に、そう言った伊崎のお母さん。
もとい、伊崎財閥社長。


「こちらにご署名ください。」
「これ…。」
「うちの息子と別れていただけるという誓約書です。
今回は私が監督を怠った事にも落ち度はあるので、言っていただければもっとご用意致します。」
「あの…。」
秘書らしき人は紙と高級そうなペンを取り出し、その意味を聞こうとしたのを遮るように伊崎のお母さんはそう言った。


あまりにも失礼な話に抗議しようとすると、突然ママが立ち上がって、無言でキッチンに行ったかと思ったら、ボウルを持って戻ってきて、その中の水を伊崎のお母さんにぶっかけた。



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