僕らのはなし。①


士都麻時計広場の前の信号を挟んだ道まで着くと、雨がさっきより少し強くなっていた。
見渡してみても、伊崎の姿はない。

「はぁ…良かっ、えっ?」
安心して安堵の言葉が溢れそうになった時、この広場のモチーフの大きな時計の像みたいなものの影から伊崎が出てきた。

この雨の中、傘もささずに。


「帰ってなかったんだ…。」
私は信号が変わると直ぐに渡って伊崎のもとまで走っていった。


「伊崎?」
しゃがんでる伊崎に傘を傾けてこれ以上濡れないようにしながら、声をかけた。

「おせぇ。」
「今何時だと思ってんの?」
「知らねぇ。
お前、俺様をどんだけ待たす気だよ。」
「私バイトだったの。
それに約束してない。
アンタが一方的に決めただけでしょ。」
「チッ…でも来ただろ?」
「そうだけど。
来なかったらどうするつもりだったのよ。
傘もささずに。」
「来たなら良い。
事故にでもあったのかと思った。」
さっきまでかなり不機嫌そうだったのに、少し安堵したようにそう言った伊崎。

「寒っ!!」
「当たり前でしょ。
いくら夏前だからって、雨に濡れ続けたら風邪引くから。
立って。」
そう言って、私は伊崎の腕を引っ張って、何とか立たせた。


「とりあえず移動しよ。」
「何処に?」
「近くに知り合いの建物があるからそこに。
屋内に入った方が良いでしょ?
今回は私の責任でもあるし、コーヒー奢る。」
結構雨に濡れたのかさっき触れた伊崎の手は大分冷たかった。
なので、寒がる伊崎を連れて、移動する事に。

「ここは?」
「私がバイトしてる喫茶店の常連さんが経営してるプラネタリウム。
他はビルとか土地とか持ってるらしくて、ここは趣味でやってるらしいんだけど。
私のピアノのファンでね、いつでも来て良いって言われてるの。」
私はそう説明しながら、中に招き入れた。

ここはこの街でも比較的小さな施設で2階建て。
お客さんは私の働く喫茶店スピカのように、この近所に住んでるお年寄りの夫婦とか子供達くらい。


「ふーん。」
「はい、これ敷いて座ってて。
で、これでとりあえず拭きなよ。
ちょっと待っててね。」
私は中を見渡しながら話を聞いてる伊崎に、席が濡れないようにリュックから取り出した新聞を敷いた上でそこに座るよう促し、タオルを渡すと一旦外へ出た。

屋内に設置された自販機で、温かい私が好きなミルクコーヒーを買って、中に戻る。

「はい。」
「コーヒーってこれかよ。」
「悪い?
わりと美味しいと思うんだけど。」
「…美味い、かも。」
「でしょ?
あっ、始まるみたい。」
私達が話してると、室内が暗くなり星が天井に現れた。
内蔵の聞きなれたナレーションが聴こえてくる。

「やっぱり何回見ても綺麗。」
「星好きなのか?」
「うん!小さい頃からピアノの次に大好き。」
私は上を見上げたまま、そう素直に答えた。

「俺も好きだ。」
「そうなの?」
「あぁ。
本物見た事ないのか?」
「あるけど、そんな多くないかな。
やっぱり今の時代明るい場所が多くなっちゃって星が見えづらいから。」
「そっか。
そういえば、昔クリスマスプレゼントで親父から天体望遠鏡貰ったな。」
「良いなぁ。
それで、お父さんとは見れた?」
「いや。
無理だった。
忙しくてほとんど家に帰らなかったから。」
その話を聞いて、前に聖奈さんが言ってた事を思い出した。

その横顔を見ると、笑ってるけど何処か寂しげで…いつも周りに誰かしら居て、寂しい思いなんてした事ないって思ってたけど、そうじゃないのかもしれないと思った。



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